日本の半導体誘致戦略のあるべき姿:大山聡の業界スコープ(85)(3/3 ページ)
TSMCの工場誘致が順調に進んでいる。今後、日本はどのような半導体メーカーの誘致を積極展開すべきなのか。誘致する側、誘致される側、双方の立場を考えて私見を述べてみたい。
誘致される側からみる日本
では、誘致される候補企業たちは日本をどのように見ているだろうか。例えばTSMCは、米国アリゾナでの工場建設が予定より遅れ、想定よりも操業コストが高いなど、思い通りに計画が進んでいないようだ。日本ではタイトなスケジュールがクリアされ、第2工場、さらには第3工場の話まで浮上している。TSMCが日本の誘致をポジティブに評価していることの証拠だろう。
日本だけでなく、米国も欧州も、安全保障の観点から自国内や域内での半導体生産を増やそうとしているが、1日24時間3交代で稼働させる半導体工場は、善しあしはともかく、欧米よりもアジアに向いている事業といわれる。かつての日本、昨今の韓国、台湾、中国に半導体製造装置が多く出荷されるのも、そのような事情が影響しているかもしれない。余談だが、熊本では「TSMC効果」の1つとして工場周辺のアルバイト代が上がる傾向にあり「時給1000円では採用が厳しくなってきた」という。しかし米国アリゾナでは、アルバイト代はすでに日本の数倍のレベルにあり、TSMCが人集めに苦戦している。米国従業員としては「時給数千円の低賃金で夜中まで働けるか!」といったところだろうか。もともとTSMCは米国の高賃金に難色を示していたが、これがすでに現実化しているようだ。
では、欧米で工場立ち上げが計画通り進まなかった場合どうするのか。安全保障を考えると、アジアへの依存度は下げるべきだろう。特に規制対象の中国はもちろん、台湾も中国リスクにさらされており、韓国は政府が中国寄りの姿勢を示している。となると、アジア圏で妥協するなら、消去法で日本が残ることになる。しかも日本には装置メーカーや材料メーカーが多く存在し、為替の影響もあってコストが非常に安い。米国政府がRapidusを応援しているのも、IBMの技術を使っているからだけではないはずだ。
日本のポジションを生かしたい
後半部分には筆者の思い込みや独断が多分に含まれているが、これらの背景を全て踏まえた上で、日本は半導体誘致戦略を考えるべきだろう。日本という国は、日本人が考えている以上に半導体産業にとって重要なポジションにいる、という点を、筆者の最後の主張として付け加えさせていただきたい。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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