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TSMCは誰のもの? 米国やAI偏重で懸念される「1本足打法」湯之上隆のナノフォーカス(81)(4/5 ページ)

TSMCの2025年第1四半期(1〜3月期)は好調で、同四半期としては過去最高を更新した。だがTSMCの売り上げを分析してみると、そこには明らかな「異変」があることが分かる。

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TSMCは誰のもの? 米国に囲い込まれる半導体の覇者

 図8に、TSMCの地域別売上高(比率)を示す。まず、地域別売上高比率を見てみると、2016年から2024年までの間、米国向け比率はおおむね60〜70%で推移していた(図8A)。ところが、2025年Q1には米国向けが77%と過去最高の比率を記録した。それ以外の地域、つまり、アジア向け、中国向け、日本向け、欧州向けは全て10%以下で、「どんぐりの背比べ状態(いわゆるドングリーズ)」になっている。


図8 TSMCの四半期の地域別売上高(比率)[クリックで拡大] 出所:TSMCのHistorical Operating Dataを基に筆者作成

 次に、地域別売上高金額を見てみよう(図8B)。こちらを見ると、米国向けの売上高が非常に大きいこと、また米国以外の地域がほとんど同じ規模であることが明確に分かる。要するに、TSMCは現在、米国の“お抱えファウンドリー”になっていると言えるだろう。

 なぜ米国向けの比率がこれほど大きくなったのだろうか。その理由は、2022年11月30日に米OpenAIが「ChatGPT」を公開し、2023年初頭からAI向け半導体としてNVIDIAのGPUの需要が急拡大したことにある。特に、「A100」が1万米ドル、「H100」が4万米ドルというべら棒な価格で取引されるようになった。このNVIDIAのGPUは、前工程から後工程まで全てTSMCが製造を担当しているため、NVIDIAのGPUの需要が高止まりする限り、TSMCの米国向け売上高(比率)はさらに増大し、その結果、TSMCの業績向上も続くと予想される。

 ただし、リスク要因も存在する。2025年1月20日に米大統領に就任したドナルド・トランプ氏は、TSMCに対して、米国内に工場を建設しない場合、最大100%の関税を課すと警告した。このため、TSMCは米国に総額1650億ドルを投資し、前工程を6工場(既報の3工場に加え新たに3工場)、後工程を2工場、さらにR&Dセンターを建設することを発表した。しかし、筆者はこれらの計画が順調に進むとは思えない。

 というのも、前工程と後工程の工場を合わせて8工場も稼働させることになり、1工場につき2000人の従業員が必要になると仮定すると、合計で1万6000人もの従業員を確保しなくてはならないからだ。米国でこれほどの規模で人員を集めることは至難の業だろう。第1工場の立ち上げは、台湾から1000人の技術者を送り込むことでむりやり稼働に漕ぎつけたが、第2工場以降はこの方法を用いることは難しいと考えられる。

 話を元に戻す。最後に、プラットフォーム別の売上高(比率)を見てみよう。

AI半導体に依存するTSMCの売上高

 まず、図9Aで、プラットフォーム別売上高比率を見てみる。2019年から2021年頃までは多少の上下動はあるものの、スマートフォン向け比率が常に50%前後と最も高く、TSMCの主力分野であった。この多くは、米Appleの「iPhone」向けアプリケーションプロセッサ(AP)であろう。


図9 TSMCの四半期のプラットフォーム別売上高(比率)[クリックで拡大] 出所:TSMCのHistorical Operating Dataを基に筆者作成

 しかし、2022年11月30日にOpenAIがChatGPTを公開して以降、状況が変ぼうする。スマートフォン向けの比率は上下を繰り返しつつ徐々に低下し、2025年Q1には28%にまで落ち込んだ。一方で、NVIDIAのGPUなどAI半導体を含むHPC(High Performance Computing)向けの比率は右肩上がりに増加し、2025年Q1には過去最高の59%を記録した。これに対し、クルマ、IoT、コンシューマー向けは全て5%以下にとどまり、ドングリーズ状態となっている。

 次に、プラットフォーム別の売上高金額を図9Bで見てみると、HPC向けは2022年Q4に84億ドルで一度ピークを迎えた後、2023年Q2には69億ドルまで落ち込む。しかしその後、急速に回復して成長を続け、2025年Q1には151億ドルに達した。

 全体としては、スマートフォン向けは2022年Q2以降、上下動を見せつつも80億米ドル前後で推移しており、ほぼ飽和しているように見える。一方、HPC向けは2023年Q2以降、ほぼ直線的に成長しており、その勢いはとどまるところを知らない。

 クルマ、IoT、コンシューマー向けが依然としてドングリーズ状態で低迷していることは前述の通りだが、TSMCがHPC向けおよびスマートフォン向けに続く「第3の柱」と位置付けるクルマ向けが伸び悩んでいるのは意外である。この状況は、車載半導体の需要が期待されているTSMC熊本工場の展望にも、暗い影を落とすと言える。

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