イオンを利用するAIデバイス「物理リザバー素子」、NIMSらが開発:計算負荷を約100分の1に低減
物質・材料研究機構(NIMS)は、イオンの振る舞いを利用して情報処理を行うAIデバイス「物理リザバー素子」を、東京理科大学や神戸大学と共同で開発した。従来の深層学習に比べ、同等の計算性能を実現しつつ、計算負荷を約100分の1に減らした。消費電力が極めて小さいエッジAIデバイスの実現を目指す。
機械学習並みの計算性能を実現しつつ、計算負荷を大幅に低減
物質・材料研究機構(NIMS)は2025年10月、イオンの振る舞いを利用して情報処理を行うAIデバイス「物理リザバー素子」を、東京理科大学や神戸大学と共同で開発したと発表した。従来の深層学習に比べ、同等の計算性能を実現しつつ、計算負荷を約100分の1に減らした。消費電力が極めて小さいエッジAIデバイスの実現を目指す。
機械学習の処理で消費する電力は指数関数的に増えている。このため、計算負荷が小さく省電力のAIデバイス「物理リザバー」が注目されている。ただこれまでは、ソフトウェア処理に比べ「計算性能が低い」という課題があった。
そこで研究チームは、チャネル材料にグラフェンを、電解質にイオンゲル(EMIm-TFSI)を用いて、電気二重層トランジスタ(EDLT)を作製した。EDLTのゲート電極に電圧を印加すると、イオンゲル内部でイオンが移動する。この時、グラフェン/イオンゲル界面近傍での電気二重層によって、グラフェンの電子キャリア密度が変化するため、グラフェンを流れるドレイン電流を制御できるという。
パルス状の電圧を印加すれば電気二重層の充放電が起こり、ドレイン電流が過渡応答を示す。それに加え、100ナノ秒から数十ミリ秒という幅広い応答時定数領域と、高い非線形性という物理リザバーコンピューティングに適した諸特性が得られた。これらの特性は、幅広い時間スケールに対応するとともに、信号に含まれるさまざまな周波数成分の特徴を効果的に抽出/認識するために有用なことが分かった。
開発したイオン型物理リザバー素子を用い、ベンチマーク試験である「Mackey-Glass方程式」予測タスクを行った。この方程式から得られる情報を電極に入力してイオンを駆動し、対応するドレイン電流の時間変化を、6個のドレイン電極で測定した。ここで得られた電流値と出力重みの線形和を用い、1〜10ステップ先の未来状態を予測した。
1ステップ先の未来予測では、正解波形と予測波形の誤差が4.63×10-5と極めて小さく、99%という高い精度で予測できることが分かった。10ステップ先の未来予測でも、既存の物理リザバーと比較すれば、最も高い計算性能になることを確認した。しかも予測精度はソフトウェアを用いた深層学習と同等で、計算負荷は約100分の1と極めて小さい。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
有機半導体によるUHF帯整流ダイオードを開発、東大ら
東京大学と物質・材料研究機構(NIMS)、岡山大学、ジョージア工科大学および、コロラド大学ボルダー校の国際共同研究グループは、有機半導体を用い周波数920MHz(UHF帯)の交流電力を、5.2%という高い効率で直流電力に変換できる「整流ダイオード」を開発した。IoT向け無線通信などへの応用を視野に入れる。電力量1Wh級の積層型リチウム空気電池を開発、NIMSら
物質・材料研究機構(NIMS)は、「高出力、長寿命、大型化」を同時に実現する「カーボン電極」を東洋炭素と共同開発し、これを用いて電力量が1Wh級の積層型リチウム空気電池を試作し、安定動作することを確認した。室温で作動する高起電力マグネシウム蓄電池、東北大が試作
東北大学の研究グループは、物質・材料研究機構(NIMS)と共同で、マグネシウム蓄電池(RMB)に向けた非晶質の酸化物正極材料を開発した。これを用いて試作したRMBは、室温で200回以上も繰り返し充放電ができることを確認した。電力損失を半減した鉄系磁性材料を開発 EV応用に期待
物質・材料研究機構(NIMS)は、東北大学や産業技術総合研究所(産総研)と共同で、電力損失を従来の半分以下に抑えることができる鉄系磁性材料を開発した。高周波トランスや電気自動車(EV)の駆動用電源回路といった用途での採用が期待される。MoS2単層膜のツイストや極性を高い精度で可視化
物質・材料研究機構(NIMS)を中心とする研究チームは、走査透過電子顕微鏡法(4D-STEM)と機械学習を組み合わせることで、ナノ領域で二硫化モリブデン(MoS2)単層膜の「微小な回転(ツイスト)」や「極性」を高い精度で広範囲に可視化することに成功した。粘着テープでぺりぺりはがすと……磁気量子センサーになる薄膜
千葉大学と高知工科大学、物質・材料研究機構(NIMS)の研究チームは、セレン化ニオブ(NbSe2)結晶表面に貼り付けた粘着テープを剥がすと、表面の原子層がひずみ、ハニカム格子状の二次元電荷密度波(CDW)が出現することを発見した。しかも、この表面に弱い磁場を加えると一次元CDWに切り替わることが分かった。