「装置は動くがプロセスが成立しない」――He供給危機とナフサ不足の本質:湯之上隆のナノフォーカス(90-1) He/ナフサ供給危機と半導体(1)(3/4 ページ)
半導体業界にとって、中東情勢に伴うヘリウム(He)供給逼迫(ひっぱく)およびナフサの不足は、思っている以上に深刻な影響をもたらす。本稿では、これら2つの材料の供給が途絶/不足するという危機の本質を、主要装置に与える影響を考察しながら、詳細に解説する。
第2章:He供給構造の制約――なぜ代替も備蓄もできないのか
第1章で示したように、Heは先端プロセスの成立条件に深く組み込まれており、技術的代替は限定的である。では、供給サイドで何が問題なのか。本章では、He供給の構造的制約を3つの側面――資源地理、寡占構造、物理的性質――から分析する。
この内容は、前掲の拙著記事『ヘリウム調達停止――AIブームを崩壊させる「見えない臨界点」(前編)(後編)』にも記載したが、実際は、筆者の認識が甘かったことを認めざるを得ない。現実はよりシビアである。
2.1 資源地理:Heは「作れない」ガスである
Heは工業的に合成できない。地殻中のウラン・トリウムの放射性崩壊により数億年かけて生成され、天然ガス田に微量随伴するものを分離・精製して得る以外に供給源はない。通常の天然ガスのHe濃度は極めて低く、経済的に回収可能なのはHe濃度が0.3%以上の一部ガス田に限られる(USGS Mineral Commodity Summaries 2024 - Helium)
世界のHe供給は、実質的に米国(テキサス・カンザス・オクラホマ州のHugoton-Panhandle地域)、カタール(North Field)、アルジェリア、ロシア(Amur)に集中している。このうち、カタールは単独で世界供給の約30%強を占める。カタールの供給は液化天然ガス(LNG)プラントの副産物として得られるため、LNG生産量とHe生産量は連動する。LNG生産量の変動、中東情勢、輸送ルートの地政学的リスクは、全てHe供給に直撃する。
米国のHugoton-Panhandleガス田は成熟期を過ぎて生産量が減退傾向にあり、さらに米連邦ヘリウム備蓄(Federal Helium Reserve)は2024年に民間売却が完了した(U.S. Bureau of Land Management, "BLM Completes Sale of Federal Helium System," 2024年6月; Helium Stewardship Act of 2013, Public Law 113-40)。これにより、米国は供給側のバッファを失った。カタールがリスクにさらされれば、それを補う短期的な供給源は事実上存在しない。
2.2 寡占構造:3社支配と垂直統合
He供給は、ドイツ系Linde plc(現在は米国登記)、フランスAir Liquide(傘下に米Airgas)、米Air Products and Chemicalsの3社が上流から下流まで実質的に支配する寡占構造にある。これら3社は、ガス田からの粗Heの買い付け、Heの精製、Heの液化プラント、極低温コンテナによる海上輸送、陸上ターミナル、ユーザー向け供給インフラまでを垂直統合している。
この構造が意味するのは、代替サプライヤーが存在しないということである。半導体工場が使用するHeは、純度99.999%以上の6N/7Nグレードが要求される。このグレードを安定供給できるのは事実上この3社に限られ、新規参入には数年単位の時間と数百億円規模の投資が必要となる。
さらに、ユーザー側(半導体工場)は長期供給契約(take-or-pay)で特定のサプライヤーにひも付いている場合が多く、供給ショック時にサプライヤーを切り替える柔軟性は低い。契約更新時の価格交渉力もサプライヤー側に偏っており、過去にも「Helium Shortage 3.0」(2018-2020年)、「Helium Shortage 4.0」(2022年〜)と呼ばれる供給逼迫局面で、価格が短期間に2〜3倍に跳ね上がった事例がある(Kornbluth, P., CryoGas International / Gasworld各号)。
2.3 物理的制約:「蓄えられない」ガス
He供給問題をさらに困難にしているのは、前掲の拙著記事にも書いたことだが、Heが長期備蓄に極めて不向きなことである。
液化Heは絶対温度4.2K(−268.95℃)で液化するが、この温度を維持する極低温コンテナ(ISOコンテナ型)は世界に数百基程度しか存在せず、その多くを前述の三社が独占保有している。さらに、液化Heは断熱容器からの熱侵入により日に数パーセントが蒸発(boil-off)する。この蒸発ガスを回収・再液化するシステムはコストが高く、大規模備蓄には不向きである。
気体Heとして高圧容器で備蓄する方法もあるが、体積効率が悪く、数カ月〜1年以上の戦略備蓄を大規模に行うことは現実的でない。結果として、Heは常にフローとして維持されるしかないガスとなる。これは石油やLNGのように数カ月分の備蓄でショックを吸収するモデルが成立しないことを意味する。
2.4 需要サイドの構造変化:MRIと半導体の競合
近年、He需要の構造も変化している。従来、He需要の最大セクターは核磁気共鳴画像装置(MRI)用の極低温冷却であったが、半導体、光ファイバー、宇宙・防衛・軍事、リーク検査などの用途が急速に伸びている。
特に半導体向けHe需要は、先端ノードの微細化に伴って1ウエハー当たりの使用量が増加傾向にある(SEMI業界資料、Kornbluth市場分析各号)。特に、3nm/2nmなどの最先端ロジック、200層を超える3D NAND、最先端DRAMおよび、AI半導体に必須となった広帯域メモリHBMについては、He需要が急拡大している。
ここで、MRI業界はHe使用を少なくする低蒸発型マグネット("zero boil-off"技術)への移行を進めているが、半導体は逆に、プロセス微細化・超高精度化・高アスペクト化により、使い捨てされるHe依存がむしろ強まる方向にある。つまり、Heの需給バランスは、半導体産業の成長そのものによって構造的にタイト化していると言える。
2.5 本章の結論
He供給構造の制約は、以下の四点に集約される。
- 資源地理的集中:カタール1国で世界供給の30%強。代替供給源が限定的
- 寡占による代替不可能性:He供給は3社独占。新規参入障壁が極めて高い
- 物理的備蓄不可能性:蒸発によるフロー依存。石油型備蓄モデルが成立しない
- 需要の構造的増加:半導体先端化がHe依存を強める方向に作用
本章からの警告は、He問題は「価格の問題」ではないということだ。価格が何倍になろうと、カタールのHe(世界シェア30%強)が消滅すれば、供給そのものが激減し、構造的・不可逆的リスクが高いということである。しかも、このリスクは石油備蓄のような従来型のBCPで対処することがほぼ不可能である。
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