検索
連載

ぼっち系エンジニア、「幸せ」について論文とデータで殴られるリタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(6-1)(3/4 ページ)

今回は「都市交通計画特論」の講義をご紹介します。この講義、本当に本当にキツかった……。それは、この講義によって、「幸せを求めるなら外に出ろ、人と会え」という正論を、人生訓や精神論ではなく、ロジックとして理解させられてしまったからです。

Share
Tweet
LINE
Hatena

「外に出ろ、誰かと話せ。そうすれば幸せになれる」

 ところで私、この「幸せ」に関する論文の話を、一度EE Times Japanのコラムで取り上げています。それほどに衝撃的だったからです。

(ここから、やや難しい話をしますので、面倒と思われる方は上記のコラムで、ざっくりイメージをつかんでいただければと思います。)

 ここでは、私が安部先生の講義で読んだ論文の1つである、“Mobility, social exclusion and well-being: Exploring the link(移動、社会的排除、幸福――その関連性を探る)”を用いて説明します。

 まず、Subjective Well-Being(主観的幸福感:SWB)という、私にとっては、かなり衝撃的だった考え方をご紹介します(もっとも、アカデミズムにおいては、SWBはごく日常的に使われている概念のようですが)。

 主観的幸福感(以下、SWBといいます)は、「何をもって幸せとするか」を外部から一律には決めません ―― 「幸せなんか、しょせん主観にすぎない。そんなもの客観的に定義できるか」という、驚くべき『開き直り』をします。これ、すごいです。

 「本人の主観に任せた幸せ」なら、コンビニの雑誌棚に並んでいるような『幸せになるための100の方法』と大して変わらんじゃないか、と思われるかもしれませんが ―― もう少しだけ我慢してお付き合いください。

Subjective Well Being(主観的幸福感:SWB)の定義
[クリックで拡大]

 幸せを外部から一律に定義しないSWBですが、その捉え方は、大きく2つに分けられるといいます。それが「認知的SWB」と「感情的SWB」です。これを、江端風に超乱暴な解釈をすれば、前者は「自分の人生を振り返って、他人にも説明できる幸せ」――いわば「他人に対するマウントにも使える幸せ」、後者は「 他人に説明したり理解してもらったりする必要のない幸せ」―― つまり「自分の中だけでウキウキする幸せ」と言えそうです。

 で、この論文では、この幸せを「移動」と関連づけて論じていきます。

幸せを「移動」と関連づけて論じる
[クリックで拡大]

 つまり、「移動は幸せを製造する手段になり得る」という仮説を置きます。そして、多くの研究結果が、その仮説を強く支持しています。

幸せを製造する手段である、という仮説
[クリックで拡大]

 なぜなら、「動けない」ということは、社会とのアクセスを失うことにもつながるからです。残念ながら人間は、「俺は一人で生きていける」と格好つけられるほど、強くは設計されていないようです。

 ですので、多くの国/地域の政府は、人々が外出し、移動しやすい環境を整えることが、SWBの改善につながると期待しています。外出や移動が、人との交流や社会参加の機会を増やし、結果として健康維持や孤立の防止、介護費用の抑制、生産性の向上につながることが期待されているからです。


[クリックで拡大]

 実際、今の政府の高齢者政策は、「いかにしてシニアの外出を促し、日常的な社会参加を維持するか」に腐心しています。この「毎日外出」の経済効果(介護費用の削減)が、無視できないからです(下図が、その根拠となる論文の一例)。


[クリックで拡大]

 では、どうやったら、「シニアを、毎日外出させるか」を越えて、「どの世代においても、外出を促すか」というのが、技術的課題となります(実際、この種の研究には国から研究費も投入されています)。

 で、その課題を解決するには、そもそも、人間の行動をモデリングしなければなりません ―― いや、だって、国民一人一人の行動を、全て直接調べるわけにはいかないことは、ご理解いただけますよね(そんなことをしたら監視国家になってしまいますし、それ以前に、調査費用だけで国庫が破綻します)。

 ここでは2つほど、著名なモデリングの概要を紹介しておきます。

 1つ目は「自己決定理論(Self-Determination Theory)」です。自己決定理論は、「自律性」「有能感」「関係性」という3つの基本的な心理欲求が満たされることが、人間の動機づけや幸福感に関係すると考える理論です。

「自己決定理論(Self-Determination Theory)」のモデル
[クリックで拡大]

 2つ目は「心理的幸福のモデル(Model of Psychological Well-being)」です。こちらは、人間の心理的な幸福を、複数の側面から捉えるための枠組みです。

「心理的幸福のモデル(Model of Psychological Well-being)」のモデル
[クリックで拡大]

 さて、ここまでの背景を踏まえて、興味のある方は、先ほど紹介した「1日1回の外出は2000円の価値? 「孤独」がもたらす損失を試算してみる」も読んでみてください。そこで取り上げた論文は、モビリティ、社会的排除、幸福の関連性を、新たな観点から調査したものです。

 で、まあ、そのプロセスをふっとばして、この論文のネタバレをしてしまえば、

 ―― 家の外に出て、歩け、動け、どこかに行って誰かと話せ。そうすれば、肉体的にも心理的にも、幸せに近づける

ということです。

 都市交通計画学において、同様の調査研究の結果については、うんざりするほど大量の文献が存在し、もうこのテーゼは、、簡単に覆せないほど、多くの研究によって支持されています。そして今、行政や都市計画の現場では「宗教」でも「精神論」でも「自己啓発セミナー」でもなく、移動を通じて人々の健康や幸せを支える街づくりが、実現の政策課題として検討されているのです。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る