He・ナフサ・レジスト逼迫の続報――半導体工場停止が回避できている理由:湯之上隆のナノフォーカス(94)(2/3 ページ)
筆者は中東情勢悪化に伴うヘリウム(He)、ナフサ、フォトレジストのサプライチェーンの混乱は、半導体工場停止の危機を招くと警鐘した。ただ、実際には半導体工場が停止したという報告は見当たらない。なぜ最悪のシナリオが回避されているのか、その理由を論じる。その上で、特にHeの供給が綱渡りになる可能性を指摘する。
なぜ半導体工場は止まっていないのか−ナフサの事情−
それでは、なぜ半導体工場は、止まっていないのか。まず、ナフサ側から見てみよう。図4に地域別のナフサ生産量を示す。ナフサは世界で年間約10億トン製造され、そのうち約18%(約1.8億トン)が中東産である。この10億トンの内訳は、エチレン原料が約6億トン、ガソリンブレンドが約2億トン、BTX(ベンゼン・トルエン・キシレン)が約1億トンであり、PGME、PGMEA、レジストなどの半導体材料向けは100万トン未満、すなわち世界のナフサの0.1%未満にすぎない。
このため、ホルムズ海峡封鎖でナフサが逼迫しても、ダイセルやレジストメーカーは、この極めて少量の半導体材料用途を優先確保できた。ナフサに占めるフォトレジスト用途の割合が非常に小さいことが、半導体向け供給を維持しやすい構造をつくっていたのである。
なぜ半導体工場は止まっていないのか−Heの事情−
一方のHeは事情が全く異なる。図5に示す通り、Heの世界生産量は年間1億9000万m3で、米国が42.6%、カタールが33.2%を占める。カタール産Heの消失は、世界供給の3分の1の消失を意味する。しかも半導体産業は世界He需要の約21〜24%、すなわち年間3900万〜4600万m3を消費すると推計されている。カタールの年間供給量6300万m3は、世界の半導体産業全体の年間消費量よりも大きい。単純な量的比較でも、その衝撃の大きさが分かる。
それでも、半導体工場が止まっていない理由は3つある。
第一に「備蓄」で、Linde、Air Liquide、Air Products、岩谷産業などのガスメーカーが一定量を保有し、初期ショックを吸収した。
第二に「在庫とリサイクル」で、過去のHe不足の経験から各社が在庫を積み増しており、TSMCやSamsung Electronicsは(全量ではないが)Heリサイクルシステムを導入していた。
第三に「優先供給ルール」で、医療→航空・宇宙・防衛→半導体産業→一般産業→風船の順に優先され、まず風船や一般産業向けが削減された。
ただし、Heは長期備蓄ができない。液体Heは−269℃以下の超低温維持が必要で、1日約1%がボイルオフ(蒸発)で失われる。その結果、補充しなければ、30日で75%以下、70日で50%以下、230日で10%以下になってしまう。さらには、輸送には世界に数百基程度しかない専用ISOコンテナが必要である。
そして、He在庫は、半導体工場内で数日〜数週間、ガス会社・物流拠点で数週間〜数カ月、あらゆる手段を含めても最大6カ月程度しか存在しない。つまり、ナフサ由来のフォトレジスト逼迫よりも、He供給途絶の方がはるかに危険なのである。現在のHe危機は、解決されたのではなく「先送り」されているにすぎない。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

