He・ナフサ・レジスト逼迫の続報――半導体工場停止が回避できている理由:湯之上隆のナノフォーカス(94)(3/3 ページ)
筆者は中東情勢悪化に伴うヘリウム(He)、ナフサ、フォトレジストのサプライチェーンの混乱は、半導体工場停止の危機を招くと警鐘した。ただ、実際には半導体工場が停止したという報告は見当たらない。なぜ最悪のシナリオが回避されているのか、その理由を論じる。その上で、特にHeの供給が綱渡りになる可能性を指摘する。
最先端2nm(GAA)から成熟までのロジック半導体への影響
He供給途絶が長期化した場合、最も早く深刻な影響を受けるのは最先端ロジックである。2nm世代(N2)で採用されるGAA(Gate-All-Around、ナノシート構造)の形成には、SiとSiGeの積層エピタキシャル成長、犠牲層SiGeの選択的プラズマエッチング、インナースペーサーのALDなど、精密な温度制御を必要とする工程が多数存在する(図6)。中でもSiGeのプラズマエッチは最難関工程であり、He無しでは成立しない。つまり、He無しではGAA工程そのものが成り立たないのである。
図6 GAAのナノシート形成に精密な温度制御が必要な工程が多数存在[クリックで拡大] 出所:Adapted and annotated by Takashi Yunogami based on IBM Research nanosheet GAA process flow (IEDM 2019-2021)に筆者加筆
図7に、ロジック半導体のノード別のHe供給途絶の影響度と半導体工場停止時期の予測を示す。次世代の最先端ロジックのA14や、TSMC、Samsung、Intel、Rapidusが製造しつつあるN2への影響は「致命的」で、He供給途絶から即時〜3カ月で停止に至る。N3も3カ月以内、N5・N7は6カ月以内に停止する。
注目すべきは成熟ノードで、10〜28nm(TSMC熊本第1工場を含む)は6〜12カ月、40nm以上のルネサス エレクトロニクスやローム等の車載・アナログ・パワー半導体も12カ月以降に停止し、いずれも「クルマ産業壊滅」につながる。
というのは、成熟ノードであっても、車載半導体向けは認定基準が非常に厳しいため、He無しでドライエッチングしたチップはクルマメーカーが受け入れないからだ。つまり、He供給途絶の問題は、先端だけのリスクではない。
楽観視できない今後の展望
カタール産Heがゼロのまま推移した場合、半導体産業はどのくらい持つのか。
0〜3カ月は、在庫、地下貯蔵、米国からの増便、用途間の再配分で対応でき、価格は急騰するが大手半導体工場は稼働を維持する。
3〜6カ月で、契約外ユーザー、小規模半導体工場、研究機関、後工程、汎用品向けから割当削減が始まる。
6〜12カ月では、先端半導体工場を含む部分的な操業制限が現実的になり、特に液体Heを長距離輸入に頼る韓国、台湾、中国、日本などアジアの負担が大きい。
1年以上に及べば、米国、カナダ、アルジェリア、ロシアなどの増産で33%の欠落を埋め切れない限り、半導体内部でも生産品目の選別を迫られる。
ここから見えてくることは、全て半導体工場が同時に止まるのではなく、割当→価格急騰→旧世代・低採算品の減産→地域別・企業別の部分停止、という順に危機は静かに進行するということである。
供給構造の地殻変動は既に始まっている。カタール依存度64.7%と最高水準だった韓国のSamsungとSK hynixは、韓国政府の対米働きかけを経て米系ガス大手と長期契約を結んだとみられる。台湾のTSMCも輸入先をカタールから米国へシフトし、台湾半導体産業協会(Taiwan Semiconductor Industry Association、TSIA)が政府に戦略備蓄の拡大を要請した模様だ。
一方、日本政府の主だった動きは見えない。果たして、Rapidusをはじめとする日本の半導体メーカーは大丈夫なのか。半導体工場が「まだ」止まっていない今こそ、He確保の国家戦略を推し進めるべきである。
参考文献
1)EE Times Japan、湯之上隆のナノフォーカス(89-1)『ヘリウム調達停止――AIブームを崩壊させる「見えない臨界点」 (前編)』、2026年04月09日
2)EE Times Japan、湯之上隆のナノフォーカス(89-2)『ヘリウム調達停止――AIブームを崩壊させる「見えない臨界点」 (後編)』、2026年04月10日
3)EE Times Japan、湯之上隆のナノフォーカス(90-1)『He/ナフサ供給危機と半導体(1) 「装置は動くがプロセスが成立しない――He供給危機とナフサ不足の本質」』、2026年04月24日
4)EE Times Japan、湯之上隆のナノフォーカス(90-2)『He/ナフサ供給危機と半導体(2) 「He/ナフサ供給危機で工場新設も遅延? 装置/チップメーカーへの波及経路を探る」』、2026年04月24日
5)EE Times Japan、湯之上隆のナノフォーカス(91)『He/ナフサ供給危機と半導体(3) 「ナフサ危機で迫る「レジスト供給途絶」――世界の半導体工場を停止させる、もう一つの臨界点』、2026年04月28日
6)Scarlett Yu, DIGITIMES, Taipei, "Exclusive Interview: Helium shock threatens advanced chipmaking as Asia shifts dependence to the US", Jul 31, 2026, 14:55, Updated: Aug 3, 2026, 21:48, https://www.digitimes.com/news/a20260721VL214/helium-qatar.html?mod=3&q=Scarlett+Yu
7) Sherri Wang, DIGITIMES, Taipei, "Exclusive: Asian chipmakers' shift to US helium raises concentration risk", Jul 31, 2026, 15:11, Updated: Jul 31, 2026, 16:13, https://www.digitimes.com/news/a20260730VL234/taiwan-chipmakers-production-2025-qatar.html?mod=3&q=Sherri+Wang
お知らせ
アイティメディア株式会社が主催する「VirtualEXPO 2026夏」の「未来技術戦略」のセッションにて、基調講演を行います。
日時:8月25日(火)13:00〜13:30(オンライン配信)
タイトル:中東情勢悪化による世界半導体産業への悪影響ーナフサ由来のレジストよりHe供給途絶が危険ー
製造業に携わるエンジニアやエグゼクティブ層に向け、本記事の内容も含めた半導体製造のサプライチェーンにおけるウィークポイントを解説します。
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筆者プロフィール
湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年にわたり、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。2023年4月には『半導体有事』(文春新書)を上梓。
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