量子コンピュータと量子暗号(後編):福田昭のデバイス通信(526) 2026年度版実装技術ロードマップ(9)(2/3 ページ)
「2026年度版 実装技術ロードマップ」の概要を、シリーズで報告している。前回に続き、「2.2.1.3 量子コンピュータと量子暗号」の概要を説明する。
量子コンピュータの本質的な弱点
ただし、現在の量子コンピュータは、大規模化(量子ビット数の拡大)が困難という課題を抱えている。それは、量子ビットが非常に壊れやすいという、本質的な弱点に起因する。
量子ビットが維持する「重ね合わせの状態」はまず、熱(温度)や電磁波、磁界などのわずかなエネルギーによって変化する。このため量子コンピュータの多くは、極低温環境と電磁波遮へいを必須とする。次に量子ゲートによる操作(演算)は完全ではなく、わずかな確率で誤りを生じる。さらに、出力を読み出すときにも誤りが起きることがある。
例えば量子ゲートによる1回の操作が完全に実行される確率(量子ゲート忠実度)を99%としよう。おなじ操作を10回繰り返すと、正しく実行される確率は90%に低下する。1000回の繰り返しでは確率は37%と大きく下がる。従って99%の忠実度ではまったく足りないことが分かる。
さらに、コヒーレンス時間(重ね合わせ状態を維持する時間)の制約がある。量子コンピュータによる演算は、コヒーレンス時間よりも短い時間で完了させなければならない。
これらの制約から、現在の量子コンピュータでは誤り(雑音)を含んだ状態で計算処理を実行している。このようなコンピュータは「雑音あり中規模量子(NISQ:Noisy Intermediate-Scale Quantum)」コンピュータと呼ばれる。量子ビット数は数十キュービットから数百キュービットに制限される。
NISQコンピュータの量子ビット数が制限されるのは、誤り訂正を実施していないからだ。誤りを含んだままの演算では、量子ビット数が増えると誤り(雑音)が急激に増加し、ある程度から以上の量子ビット数では正常な演算結果が得られにくくなる。
誤り検出・訂正における量子コンピュータと古典コンピュータの決定的な違い
それでは、誤り訂正を実施するとしよう。古典コンピュータではデータビットに誤り検出・訂正用ビットを追加することで、誤り(エラー)の検出あるいは訂正を実行する。最も単純なパリティ符号では例えば7ビットのデータに1ビットの符号ビットを追加し、8ビットのデータ中に「1」のビットを奇数個にしてから書き込み、あるいは送信する。書き込み検証あるいは受信ではデータ中で「1」の数をカウントすることで、1ビットの誤りを検出する。誤りを検出した場合は、同じデータを再び書き込む、あるいは送信する。標準的な古典コンピュータでは誤りの発生は無視できるほど少ない。このため、1ビットのパリティ符号で十分な場合が多い。
しかし量子コンピュータでは常に誤り(エラー)がどこかで発生していることが前提となる。このため、量子ビットの数を増やした演算を正常に動作させるためには、誤り訂正が欠かせない。具体的には、複数の物理的な量子ビット(物理量子ビットあるいは物理キュービット)の組み合わせによって1個の論理的な量子ビット(論理量子ビットあるいは論理キュービット)を表現する。
例えば、9個の物理キュービットによって1個の論理キュービットを実現する「Shor符号(ショアの符号)」は、初めて考案された量子誤り訂正符号とされる。1個の論理量子ビットをShor符号で表現する(符号化する)ことによってビット反転誤りと位相反転誤りおよび、これらの誤りの重ね合わせを訂正できる。このほか論文レベルでは、膨大な数の量子誤り訂正符号が提案されている。
量子誤り訂正符号を利用する量子論理キュービットによる量子コンピュータは誤りに強い。このような量子コンピュータは、「誤り耐性型量子コンピュータ(FTQC:Fault-Tolerant Quantum Computer)」と呼ばれる。FTQCの実現時期は不明だが、2040年前後という予測がある。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
