字が見えない、声も聞こえない! シニア大学院生の受難:リタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(9-1)(2/3 ページ)
今回は、大学院生活で直面した「真の課題」について語ります。入学前から「かなり大変だろう」と覚悟してはいましたが、実際は想像よりも、はるかに大変だったのです……。理由の一つは、大学が、若者を「標準ユーザー」として作られた場所だということでした。
大学とは若者を「標準ユーザー」と想定して作られた施設である
今回、社会人大学院生として私が実感したことは、「大学というのは、若者を標準ユーザーと想定して作られた施設であり、年齢や生活環境を問わず、広く社会に開かれた学問の場としては、まだまだ未完成である」ということです。
まず、身体機能の前提が若者基準です。
小さい文字、暗い教室、聞き取りにくい音響、長時間着席、細かい配布資料など、学生が「見える・聞こえる・座り続けられる」ことを当然の前提としています。
特に、横浜国立大学の「授業時間割表」では地獄を見ました。老眼鏡を装着してもなお、読めない文字があり、その文字が読めないために、どの講座を受講できるのかも分からん、というありさまでした。
これについて、私は横浜国立大学にクレームをしたいわけではありません。
私のような高齢学生が、あまりにも例外すぎて、大学もその対応に思い至らなかったのだろうと思うのです ―― 視力と聴力を失い始める前の私と同様に、です。
時間設計が若者基準であることも挙げられそうです。
まあ、いろいろありますが、一言で言えば「仕事・介護・育児などの家庭責任を抱えていない学生」を前提にしている、ということです。
私の場合、両親を看取るまでは、社会人大学院生にはなれなかった、と断言できます。
また、大学特有のシステムが分からん、ということもありました。
「この時期までに学会に出す」「この先生にはこの順番で相談する」「この書式で出す」といった、明文化されていないルールが多い。長く大学にいる学生や研究室内では共有されていても、外からやってきた社会人には見えにくいのです。
ここまでをまとめると、「広く社会に開かれた」と言いながら、実際には若年者向けの制度設計が残っている、ということになるでしょうか。
入学制度は社会人にも開かれていますが、入学後の運用は「20代前半・フルタイム学生」を標準としています。
―― 入り口は開いている。しかし、中の仕組みは昔のまま。
まあ、これを逆に言えば、「社会人といっても、視力と聴力は若い学生と同程度であること」という暗黙の入試要項があったのかもしれません。
育児と介護を終えた退職直前のシニア研究員の面倒を見るには、大学側にとっても、時期尚早だったんだろうなぁ、と思っています。
繰り返しますが、私は大学を責めているわけではありません。少しずつ改善していければいいな、と思っています。
もっとも、これは「大学から社会人学生への対応」という一方向の話だけではありません。逆方向についても、私は少しもったいないと思っていました。つまり、大学側も、社会人学生の強みを十分に活用できていない、ということです。
なにしろ私は、伊達に30年以上も、会社という面倒くさいシステムの中で生き残ってきたわけではありません。
実務経験、人脈、プロジェクト管理能力、文章作成能力、プレゼン経験 ―― という表向きの技だけではなく、要領、印象、清潔感、業務命令、根回し、怒号、泣き落とし、恫喝、懇願、妥協、その他いろいろ ―― という『暗黙知スキル』という名の腹芸も、多分、これから社会で生きていく学生さんには役に立つと思うのです。
私に「社会人研究員サバイバル戦略 ―― 英語に愛されないエンジニアの生き残り方」というコマを(可能ならアルバイト料も)与えてもらえれば、学生に人気のある、かなりエゲツない内容の講義を提供できたと思います(本気)。
「「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論」連載バックナンバー
実際、私の研究指導をしてくださった有吉先生から、「社会人大学院生は、根回しが実にうまい」という感想をいただいております。褒め言葉と信じています。
『腹芸』という観点から見れば、「会社で稟議を通すために立ち回る煩雑さに比べれば、大学ははるかに見通しがよかった」というのが、私の正直な感想です。
大学の「オペレーティングシステム(OS)」は更新されていない
ここまでをまとめてみると、「大学のOSが、20代学生専用のまま更新されていない」 ―― 少なくとも、私にはそう見えました。現状では、老眼と難聴のシニアが社会人大学院に挑むのであれば、それなりの覚悟は必要です。
ですが、本来ならば、シニア側が大学のOSに無理やり自分を合わせ続けるだけではなく、大学のOSも、少しずつアップデートされていくべきだと思います。
ただ、以前から言っている通り、社員を博士課程などの社会人大学院へ積極的に送り出している国内企業が、一体どれほどあるのかを考えると、その少数のために大学側にOSをアップデートしろ、と要求するのも、なかなかムチャな話なのかもしれません。
―― それでも私は、大学キャンパスに、たくさんのおじ(い)さんやおば(あ)さんが闊歩している風景を見たい。
華やかなキャンパスライフとは、少しベクトルの違う、仕事帰りの社会人や、育児や介護を終えたシニアが、さらには乳児を抱えたお父さんが、若者と同じ教室で学んでいる風景を ―― 私は見てみたいのです。
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