第1回 いかに堅牢なインターネット接続を実現するか、NICT担当者が被災地で感じたこと:エレクトロニクスで創る安心・安全の社会システム 無線通信技術
いかに耐久性の高いインターネット接続環境を構築するか……。今回の震災が残した課題だろう。独自開発のインターネット接続用無線ルータを被災地に設置した情報通信研究機構(NICT)の担当者に話を聞いた。
2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、被災地のインターネット接続環境は壊滅した。衛星回線を使った音声電話は早い時期から導入が進んだが、被災者が自由に情報を入手できるインターネット接続環境は、すぐには復旧しなかったようだ。
日々の生活のための物資も当然必要だ。しかし、情報が得られなかったり、得られる情報が少ないことが、被災地では将来への不安を募らせる要因になるだろう。
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いかに耐久性の高いインターネット接続環境を構築するか……。今回の震災が残した課題だろう。独自開発のインターネット接続用無線ルータ(「コグニティブ無線ルータ」と呼ぶ)を被災地に設置した情報通信研究機構(NICT)の担当者に、設置作業を進めたときの状況や、次世代の無線通信システムとしての可能性を秘めたコグニティブ無線の特徴を聞いた(関連記事)。
NICTは、総務省所管の独立行政法人で、情報通信分野の研究開発や事業振興業務を幅広く実施している。NICTのワイヤレスネットワーク研究所 スマートワイヤレス研究室の室長である原田博司氏と、同研究室の主任研究員である村上誉氏、同研究室の研究員である石津健太郎氏に話を聞いた(図1)。
図1 情報通信研究機構(NICT)のワイヤレスネットワーク研究所 スマートワイヤレス研究室の室長である原田博司氏(写真中央)と、同研究室の主任研究員である村上誉氏(写真右)、同研究室の研究員である石津健太郎氏(写真左) 村上氏と石津氏が現地に入り、作業を進めた。設置には、岩手県立大学総合政策学部の教授である吉本繁壽氏が協力した。
EETJ インターネット接続用ルータを被災地に設置する作業を、どのように進めたのか。様子を教えてほしい。
NICT 当研究機構では、独自に開発したコグニティブ無線ルータの実証実験を、2010年9月から神奈川県の藤沢や茅ヶ崎で実施していた(関連記事)。被災地に設置したのは、実証実験に使っていたコグニティブ無線ルータだ。
震災が発生した後すぐに、実証実験で使っているコグニティブ無線ルータの回収作業に入った。震災4日後の3月15日には、被災地にコグニティブ無線ルータを送付する準備を整えていた。
ところが、3月15日の時点では、どの被災地に持ち込めばよいのか、交通ルートをどのように選べばよいのか、中継地点をどのように選べばよいのか、このような情報がほとんどない状況だった。救援物資の配送ですら、大混乱している状況だ。各県の災害対策の担当者に聞いても、各被災地の状況は正確に把握できていなかった。
ようやく、1つ目のコグニティブ無線ルータを設置できたのは、4月5日のことだった。BHNテレコム支援協議会から被災地の情報提供を受けるとともに、時期を同じくして岩手県から要請があり、導入作業を進めることができた。
まず、被害が比較的小さかった岩手県遠野市の対策拠点から情報提供を受け、大槌町の災害対策本部に向かった。大槌町の災害対策本部は、高台の体育館にあった。その災害対策本部ですら、4月5日の時点でようやく、NTTドコモの衛星電話や、衛星回線を介したインターネット接続を使えるようになったタイミングだった。一般の被災者はというと、時間を限定した状況で音声電話が使えていた。インターネットにモバイル端末を接続し、自由に情報を入手するのは、とても難しい状況だった。
1つ目のコグニティブ無線ルータを設置した大槌町立の安渡小学校(図2)では、避難されている方が早速、ニュースサイトや動画投稿サイトで、さまざまな情報を閲覧していた(図3)。1つ導入できると、その後の活動はスムーズになった。
3月15日に準備を整えたにもかかわらず、被災地に入れたのは1週間以上も時間が経過した4月4日のことだった。なぜ、こんなにも時間を要してしまったのか。今回の震災の教訓を生かす上で、その理由を考えることが、非常に重要だろう。
今回、公共機関などが、支援側と被災地をマッチングさせる仕組みが必要だと痛感した。行政当局と支援する側の縦のつながりのみならず、被災地間の横のつながりをめぐらせた、情報共有のネットワーク構築が不可欠だ。
一元管理が可能で、導入が容易であることの重要性
EETJ なぜ、コグニティブ無線ルータを使ったのか。コグニティブ無線ルータの特徴は何か。
NICT 被災地にインターネット接続環境を導入するに当たり、大切なことが2つあると考えた。まず、各通信キャリアの電波状況を把握するといった作業が不要であること。被災地では当時、どの通信キャリアのサービスが稼働しているか分からない上、サービスエリア情報も混乱していた。もう1つは、複雑な設定作業は不要で、専門家でなくても、誰でも簡単に設置できるという点である。専門家が必要だと、多くの避難所に設置して回るのは、現実的ではない。
コグニティブ無線ルータは、上に挙げた2つの条件に合致している。複数の無線通信システムをその時々の電波環境に応じて動的に変えられるため、最適な通信方式を利用者が意識する必要はない。しかも、特段の設置作業は不要で、稼働させるには、電源ケーブルを接続し、電源ボタンを押すだけでよい。
強調したいのは、ただ単に無線ルータを複数設置して使ってもらったのとは、大きく異なる点だ。「コグニティブ無線技術を使ったネットワークインフラ」であることを強調したい(図4)。ネットワークインフラだと説明したのは、コグニティブ無線に関する国際標準規格である「IEEE 1900.4」で規定されたネットワークアーキテクチャで、各無線ルータを一元管理しているからである。
図4 今回設置したコグニティブ無線ルータのシステム全体像 複数の利用者が同時に、手持ちのノートPCやスマートフォンなどを使って、インターネットに接続できる。各端末とコグニティブ無線ルータは、有線イーサネットまたは無線LANで接続する。コグニティブ無線ルータは、NTTドコモの3G回線と、イー・モバイルの3G回線、ウィルコムのPHS回線のいずれかを選び、インターネットに接続する。
無線ルータの受信電力やトラフィック、スループット、負荷状況をはじめ、ルータの稼働台数などを、神奈川県横須賀にあるサーバで一元管理している。一元管理のメリットは大きい。何かしらの異常が発生したら、すぐに状況を把握できる。管理サーバの側から無線ルータの設定を変えることも可能だ。
震災直後には、首都圏でも携帯基地局にアクセスが集中し、音声通話ができない状況が続いた。コグニティブ無線インフラは、携帯基地局へのアクセス集中を回避する効果もある。携帯電話機やスマートフォン、タブレットPCといった端末それぞれが携帯基地局に直接接続するよりも、各端末のアクセスをルータに集約し、その後ルータから携帯基地局に接続した方が負担は減る。
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2010年9月1日、このコグニティブ無線通信技術の実用化に向けて、大きな弾みとなるであろう新たな取り組みが始まった。情報通信研究機構(NICT)が社会実証実験を開始し、藤沢や茅ヶ崎に設置した合計500台のコグニティブ無線ルータを、一般利用者に開放する。