第6回 センサーネットに不可欠な環境発電技術、実用化の準備が着々進む:エレクトロニクスで創る安心・安全の社会システム
NTTデータ経営研究所の社会・環境戦略コンサルティング本部のシニアスペシャリストである竹内敬治氏に、環境発電技術の研究開発の歴史や「エネルギーハーベスティングコンソーシアム」の活動を聞いた。
膨大な数のセンサー端末で環境をモニタリングし、人が意識しなくとも、最適に制御・管理されている社会へ――。センサー端末から無線で情報を集めるワイヤレスセンサーネットワークを実現できれば、社会のさまざまな場面で効率化が進む。
ただ、ワイヤレスセンサーネットワークを実際に導入するのはそう簡単ではない。センサー端末にどのように電力を供給するのかという大きな課題があるからだ。数多くのセンサー端末のそれぞれにケーブルを接続するのは現実的ではないし、かといって充電のできない電池(一次電池)を動力源にするのも、長期的なメンテナンスの観点で難しい。
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このような課題を解決するのが、エネルギーハーベスティング(環境発電)技術である。NTTデータ経営研究所の社会・環境戦略コンサルティング本部のシニアスペシャリストである竹内敬治氏(図1)に、日本国内の研究開発の歴史や、同社が事務局を担当している「エネルギーハーベスティングコンソーシアム」の活動を聞いた。
EE Times Japan(EETJ) まず始めに、環境発電という言葉の定義を確認したい。そもそも、環境発電とはどのような技術なのか。
竹内氏 環境発電という言葉の定義は明確には決まっていないが、周囲の環境にあるエネルギーをハーベスト(収穫)する技術だといえる。周囲の環境には、光や熱、振動、電磁波など多様なエネルギー源がある。
環境にあるエネルギーを使うという観点では、発電規模の大きな太陽電池や風力発電も環境発電だと位置付ける研究者もいるが、一般的にはこれらの発電方式は再生可能エネルギーと区分けされる。環境発電といったときには、μW〜mWオーダーの微弱なエネルギー量を扱うことが多い。
EETJ ドイツに本社を構えるEnOceanが既に、環境発電技術を採用した通信モジュールを製品化しており、採用実績も多い。これに対して、日本企業の存在感が薄いように感じる。環境発電技術のこれまでの研究開発の流れを教えてほしい。
竹内氏 1970年代に半導体回路のCMOS化が進み、半導体チップの消費電力の削減が進んだ。半導体回路の低消費電力化が進む一方で、ハーベスタから収穫できる電力量を増やせれば、電子機器を電池無しで動かせるのではないかというアイデアが生まれた。実際、1970年代には太陽電池を使った電卓や腕時計が製品化され、1980年代は振動を動力源にした腕時計が登場した。この時期は、日本が世界の最先端を進んでいた。
その後、1990年代後半〜2000年代にかけて世界各地で、センサー端末と環境発電技術を組み合わせたワイヤレスセンサーネットを実現しようという機運が高まった。欧州や米国を中心に研究開発は活発に進められ、技術的な完成度の高いモジュールや実用段階に近いモジュールが、いろいろと登場した。この流れの中で、SiemensからスピンアウトしたEnOceanが誕生した。
日本でも一時期、「ユビキタスネット」という研究テーマがブームになったものの、そのときには環境発電の研究開発は活発には進められなかった。このときから日本の存在感が薄れていった。日本以外の地域では複数の企業の連携や技術仕様の標準化が進む一方で、日本国内では企業の研究開発部門や大学が中心となった研究開発にとどまっていた。
日本国内で環境発電に対して注目が集まるきっかけとなったのは、2008年の「PowerMEMS」という学会で、オムロンと三洋電機が振動発電の試作機をそれぞれ発表したことである。それ以降、環境発電への取り組みの裾野が広がったように感じている。現在では、材料、ハーベスタ、機器、不動産や建築といったあらゆる業界の注目を集めるようになった。環境発電の周辺技術(例えば、アナログ部品)を製品化する動きも活発化している。
EETJ ここ最近、展示会やセミナーの状況を見ると、日本国内でも環境発電技術に注目が集まっているように感じる。環境発電技術は、どのような用途に使えるのか。
竹内氏 環境発電技術の利点は、センサー端末に電力を供給する配線や一次電池を不要にできる可能性があることだ。
センサー端末の定期的なメンテナンスが難しいアプリケーションの場合、一次電池を交換できないという理由で導入が進んでいない事例がある。一次電池を取り換えなくてもよいという価値は大きい。環境発電が実用化されれば、ワイヤレスセンサーネットワークはさまざまなアプリケーションに活用されることだろう。さざまな可能性が広がる。
確かに、低消費電力の無線通信技術が出てきたことで、一次電池を使ってもセンサー端末を長期間稼働させられるようになった。しかし、一次電池の自己放電を考慮すると、稼働させられる期間はだいぶ短くなる。仮に一次電池が寿命を迎えると、電池を取り換えるためのメンテナンスコストが掛かることに加えて、一次電池を取り換えるまでの間はデータを測定できないといった機会損失も生まれてしまう。
環境発電技術の具体的な用途を幾つか挙げよう(図2)。屋内では、スマートグリッドに関連したアプリケーションがある。例えば、工場やビル、宅内の機器制御スイッチを置き換えたり、センサー端末の情報を基に機器を最適に制御するといった使い方だ。照明や空調機器をその時々の状況に合わせて自動制御することで、快適性と省エネを両立させることができるだろう。
屋外の用途も多様である。橋やトンネル、道路、鉄塔といった社会インフラの状態モニタリングや、気象情報をセンサーで収集する環境センシング、IT技術と農業を融合させた「精密農業」といった用途がある。
農業とセンシングは無縁だと思えるかもしれないが、決してそうではない。地面の状態や農薬、肥料の状態を監視することで収穫量を増やそうという試みがある。農作物の盗難防止にも活用できる。農業に関連した用途には、家畜の伝染病を体温や動きで監視したり、発情期を検出したりする動物の状態モニタリングの領域もあるだろう。
人間に目を向けると、高齢者の見守りやヘルスケア、予防医療、インプラントデバイスへの応用といったさまざまな利用シーンがある。人体内部のエネルギー源としては、体表面と内部の温度差や、呼吸、血液の流れといった、いろいろなアイデアが提案されている。
しかし、環境発電技術を採用したセンサー端末にも、乗り越えるべき課題がある。例えば、環境にあるエネルギー源は微弱であるため、エネルギーを安定的に収集できないと、データを測定できなくなってしまうといった課題だ。安定的にセンサー端末に電力を供給するために二次電池を使うが、二次電池を十分に充電できずに容量が空になってしまったり、充放電サイクル寿命を迎えてしまうといった可能性もある。一次電池でセンサー端末を稼働させるのと同等の信頼性を確保しようとすると、なかなか難しい。
信頼性の確保を別の仕組みで実現するという方向性もある。センサー端末単体には信頼性を求めず、アプリケーションサービスの側で工夫して欠測をカバーしたり、例えば設置した100個のセンサー端末群全体でつじつまを合わせるといったアイデアだ。環境にちりばめたセンサーからデータを収集した先には、もうひとヤマ、ふたヤマ課題があるかもしれない。それは、収集した膨大なデータからいかに意味のある情報を抽出するかというデータ処理の課題である。
EETJ 日本企業が集まって、環境発電技術に関する業界団体であるエネルギーハーベスティングコンソーシアムを2010年5月に立ち上げた。その狙いを教えてほしい。
竹内氏 環境発電の研究開発を進めている企業は多いが、それぞれ単独で進めているのが現状だ。しかし、複数の企業が集まるからこそできることも多い。そこで、国際競争力のあるビジネスを立ち上げるために、協力できるところは協力するという目的でコンソーシアムが誕生した。
立ち上げ当初の参加企業12社だったが、反響は多く、2011年3月には32社に増えた。2011年5月中旬にあらためて募集を開始したところ、現段階(2011年6月)の参加企業は40社を超えている。初年度の活動は情報の収集と共有だったが、今年度は2年目ということもあり、より具体的な成果につながる活動を進めていきたいと考えている。
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