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AIの“苦悩”――どこまで人間の脳に近づけるのか“AI”はどこへ行った?(5)(3/3 ページ)

人工知能(AI)の研究が始まった1950年代から、AI研究の目的は「人間の大脳における活動をいかにコンピュータ上で実現させるか」だ。大手IT企業や大学の努力によって、AIは少しずつ人間の脳に近づいているのは確かだろう。一方で、自然言語処理の分野では、“人間らしさ”を全面に押し出した「人工無能(人工無脳)」も登場している。

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“人間らしさ”を持つ「人工無能」とは?

 「AI=人工頭脳」の意味合いで話をしてきたが、「人工無能」という言葉がある。これまでは、あまり表に出ることがなかったが、人間が持っている知能をコンピュータ上で実現することを目的とする人工知能(ソフト型AI)に対して、自然な会話などのやり取りを行わせることによって“人間らしさ”を実現するアプローチで作られたプログラムを「人工無能」という。「人工知能が人工頭脳」と対比されるように、「人工無能は人工無脳」と呼ばれる場合もある。

 この人工無能は、自然言語処理を行い、会話の意味を理解し応答をする。人間とのやり取りが成り立つ“人間らしさ”は見いだせるのだが、しょせんは相手の言葉の意味(単語やフレーズ等)を拾って、元々持っているデータと照合させて文章を作り上げ、意味が通るような応答をするだけである。会話ができるという“人間らしさ”を求めているにも関わらず、機械が機械的に作り上げた応答にすぎないとなると、どこか寂しい気がするし、「人工無能」というネーミングも気の毒な感じを受けるものだ。

スマホに話しかけてみる


画像はイメージです

 ちなみに、アップルの「iPhone」やAndroid端末の音声アシスタント機能に向かって一生懸命話しかけてみるとそれっぽい返事が返ってくる。NTTドコモの「しゃべってコンシェル」では、何人かいるキャラクターの中から「メイドのメイちゃん」を選択し、「かわいいね」と呼びかけると、「嬉しいです! メェ!」の他、「きゃはは! ご主人様に褒められちゃいました!」「んふふふふ♪」など何パターンかで返答してくる。

 ただし、こちらが声のトーンを変えて、ぶっきらぼうに話しかけても返答は同じだ(つまり、褒められてうれしい、という返事がくる)。「バカ!」と言うと明らかに怒った返答をよこして面白いのだが、これは「バカ」という言葉の意味から返答のパターンを選んでいるだけで、先の「かわいいね」の感情を変えてあれこれとしゃべってみたところで、メイちゃんの返答は変わらない。

 しょせんは、「かわいい」という単語を拾って、返答のパターンを探し出し、一致するものをアトランダムに出しているだけと考えると、急につまらなく思えてくる。それ以上に、いい大人がスマホに向かって話しかけている姿は、どう見てもおかしい(笑)。

 人間であれば、ぶっきらぼうに「かわいいね」と言われても素直に喜べないし、むしろ「なぜ、そんな言い方をするの?」とムッとくる人もいるだろう。だが、言葉に乗せられた感情まで理解できるほど、今の自然言語処理は完璧ではない。ただ、音声合成のソフトウェアでは感情表現ができるものも既に登場しているので、近い将来、声のトーンから感情を見分けて、返答する内容を変えるような言語処理ができる日がくるかもしれない。

「ニューラル・ネット」と「ディープ・ラーニング」

 1950年代から、AI研究の目的は、人間の大脳における活動をいかにコンピュータで実現させるかである。当時から、「ニューラル・ネット」という言葉で研究テーマとして存在してきたが、残念ながら目覚ましい成果が挙げられていないことは、これまで述べてきたとおりだ。

 ところが、2000年代半ばになり、Googleをはじめカリフォルニア州スタンフォード大学を中心に、ニューラル・ネットの研究が再燃した。ニューラル・ネットの延長線上にある「ディープ・ラーニング(Deep Learning)」である。特に自然言語処理の分野で著しく、IBMやマイクロソフトといった大手IT企業もこの分野の研究開発に注力していることが知られている。

 ディープ・ラーニングについて専門的な記述は多くあるが、脳科学・神経科学と合わせて全般的に書かれているのは、産業技術総合研究所 ヒューマンライフテクノロジー研究部門の一杉裕志氏のWebサイトだ。さまざまな視点から書かれているので、参照されたい。

猫を認識、進むニューラル・ネットワーク研究

 Googleは2012年6月、先述したニューラル・ネットワークの「ディープ・ラーニング」について、実用化の一歩手前とも言える段階の研究成果を発表した(ニュース記事)。ひと言で言ってしまえば「猫を猫として認識した」にすぎないのだが、「演算能力として1万6000個のCPUコアを持ち、10億以上の接続ポイントを設けた人工ニューラル・ネットワークが、1週間かけて猫の顔を認識できるまで学習した」とのこと。これを「まだそんなレベルかと思うか」「ここまで技術が進んできたのか」と受け止めるかは筆者も含めて、あなた次第だ。

 また、つい最近、米国Amazonが小型無人飛行機(ドローン)を使った配送サービス「Amazon Prime Air」を発表した。Googleでも似たようなサービスをロボティックスで構想している。報道によれば、Google既に何社か買収をしており、その中には、ニューラルネットワークの研究をしている企業も含まれている。

 「ハード型AI」から「ソフト型AI」へのシフトは、2000年代中頃までのAIの動きを見ると、正しいと言えるかもしれない。だが、この1年で急激に立ち上がってきた新しいサービスでは、反対に「ソフト型AI」が「ハード型AI」の分野に進出しようとしていて、目が離せなくなってきた。

 便利な世の中になることに変わりないが、一方で、Amazon Prime Airに使われるドローンの一部が兵器として転用されないかとか、墜落などの事故が起きた場合やドローンが万が一暴走した時に制御が効くのか、といった懸念もある。


 さて、次回は最終回となるが、近未来における機械と人間の共存・共栄について、話をする予定だ。


Profile

世古雅人(せこ まさひと)

工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画責任者として、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。

2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱している。2010年11月に技術評論社より『上流モデリングによる業務改善手法入門』を出版。2012年4月から2013年5月までEE Times Japanにて『いまどきエンジニアの育て方』のコラムを連載。


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