人類は、“ダイエットに失敗する”ようにできている:世界を「数字」で回してみよう(15) ダイエット(2/9 ページ)
今回から新シリーズとしてダイエットを取り上げます。ダイエット――。飽食の時代にあって、それは永遠の課題といっても過言ではないテーマになっています。さて、このダイエットにまつわる「数字」を読み解いていくと、実に面白い傾向と、ある1つの仮説が見えてきます。
牛乳、ピーナッツ、天ぷら……全て見抜かれた
さて話を戻しまして、「体重」を理由に呼び出された私は、そこで「ダイエットプログラム(正確には『生活習慣病の経過観察プログラム』」の参加を促されました。
―― といっても、無人島でサバイバル生活をさせる ―― というようなハードなものではなく、メールによる定期的な体重とウェスト値の報告を行い、そのリプライメールでアドバイスをもらうというソフトなものです。
また、プログラム期間の最中に、病院での講習会に参加する義務もありました。
普通なら断っているところなのですが、次の連載のテーマを探していた私は、「これはネタにできるな」という気持ちで、プログラムに参加することにしました。
その日のうちに、プログラムの進め方について、打ち合わせを始めることになったのですが、この機会に、普段から疑問に思っていることを管理栄養士の先生にぶつけてみることにしました。
江端:「そもそも、重い体重や、値の高いAST(GOT)、γ-GTP(肝機能障害の指標)というのが、一律に適用されるのが分かりません。個体差があるのは当然ではありませんか。第一、私、日常生活で困っていません」
先生:「まあ、そうでしょうね。『いらんお世話だ』と言われればその通りです。ぶっちゃけて言えば、これ、国の医療費削減の一環なのですよ。江端さんの場合、このまま行けば、高い確率で生活習慣病に至ります。生活習慣病は一度なってしまうと、完全に治癒するのが難しいのです。結果として、江端さんが生きている限り、国の医療費が垂れ流し状態になります」
江端:「……うっ」
先生:「今、プログラムを受けていただいた方が、圧倒的に“安い”ですよ。だって体重減らすだけで、江端さんは生活習慣病で死ぬまで苦しみ続けることもなく、国は『財政を食いつぶす人』を減らすことができる。Win-Winですよ」
―― そりゃそうだろう
確かに、こんな「確実」な財政政策はないですよね。
メールと受講だけのプログラムで、体重を減らせて、生活習慣病の発病率を押えることができるのであれば、こんなローリスク・ハイリターンな政策はないでしょう。株や外国の国債を買うより確実ですよね(次回以降に、この経済効果の算出を試みます)。
江端:「しかし、私、日常生活で、ちゃんとダイエットを心掛けていますよ。間食もしないし、夕食も社食で、午後6時くらいまでには食べ終えています。通勤も、毎日平均1時間くらいは歩いています。たまにラーメン(北極ラーメン)を食べますが、体重が重くなる理由に心当たりがありません」
管理栄養士の先生は、「ふーん、そうですか……」と、私のデータシートを見ながら、少し考えた後で、おもむろに私に尋ねました。
先生:「江端さん。あなた、牛乳がお好きですね」
江端:「な、なぜ、それを?」
私は500ccパックの牛乳を5秒で飲み干すことができます。
先生:「それに、多分、空腹を紛らわすために、帰宅時にピーナッツをかじっていますね?」
江端:(ギクッ!)
先生:「そばやうどんに、生卵や天ぷらをトッピングしていますね」
この人、怖い。
生まれて初めて、「テレパス(人の心を読める超能力者)」に遭遇したと思いましたよ(本当)。実際のところ、管理栄養士は、データだけで被験者の食習慣を読み取れてしまうようです。
しかし私は、この栄養士の先生に叱責されることを覚悟した上で、言ってみました。
江端:「しかし、先生。空腹を耐えるのは苦しいですよ。それにビールやラーメンのない人生に、一体、何の意味があるでしょうか?」
しかし、先生は別段怒る風でもなく、さらっと言われました。
先生:「んーー、そうですね。いいですよ。今の生活のままで」
江端:「はい?」
先生:「現在の江端さんの食習慣を続けていただいて結構です」
江端:「え、いいんですか?」
先生:「とりあえず、牛乳を1日コップ1杯だけにしてください。まず、そこから始めてみましょうか」
江端:「帰宅時に、お腹が空いて耐えられない時は、どうすればよいですか?」
先生:「ピーナッツはやめて、大豆のスナック(「SOYJOY」のような)にしてください。ローカロリーで、食感もあって、かなり満足できます」
江端:「ビールも飲んでいいんですか?」
栄養士の先生は、おもむろに1枚のデータシートを私に見せてくれました。そこには、現在の日本で販売されているビール、発泡酒、その他の致酔飲料(ちすいいんりょう)飲料の写真とともに、カロリー、糖質、その他の数値がグラフになって書き込まれていました。
江端:「こっ! これは!!」
そのシートには、同じ種類の飲料の間でも、数値の差が歴然と表れていました。
先生:「結構、すごい差があるでしょう。各社、カロリー、糖質をカットした製品を打ち出しているけど、ちゃんと内実を伴っているんですよ」
これには、本当にビックリしました。
私、「カロリーゼロ」だの、「糖質ゼロ」だのとうたっている致酔飲料は、しょせんは誇大広告だと思っていたのです(実際に普通のビールに比べると味も落ちますし)。
しかし、このデータシートを見て、その認識を新たにしました。ここまでカロリー、糖質をカットしつつ、そこまでビールに味を近づけていたとは――。
なんという技術力。
これは、“第二の精進料理*1)”と言ってもよいほどの発明ではないでしょうか。
*1)肉食を禁じられた仏教僧が、野菜や豆類、穀類を工夫して「肉料理」に近づける過程で生まれてきた料理。
同じ技術者(エンジニア)として、思わず頭を垂れる思いになりました。
それで、本当に怖かったのは、この先生の言い付けを守り、牛乳を飲むことをやめただけで、3日で1kg、1週間で2kg、体重が落ちたのを確認した時です。
「プロの慧眼(けいがん)、恐るべし」です。
まあ、私の初期体重がかなり重かった、という理由もあると思いますが。
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