ダイエットを“過渡現象”で説明できるか:世界を「数字」で回してみよう(24) ダイエット(5/5 ページ)
前編に続き、今度は、ダイエットにおける体重の増減をエンジニア視点で分析してみたいと思います。そして、ひと月に及ぶ壮絶な体重シミュレーションを繰り返した私は、ある結論にたどりついたのです……。
あの後輩が“ヨイショ”した
「なんで、わざわざ、計算失敗のコラムなんか書いているんですか?」
と、後輩は、至極当然の質問をしてきました。
失敗した研究やデータには、成功した研究やデータと同程度の価値がある、というのは、私たちエンジニアの世界では常識です(参考)。そんなことは、当然、彼だって知っているはずです。
しかし、彼は、「そもそも、失敗を『読み物』として提供する理由は何だ」と、尋ねているのです。
私は正直に白状しました。
江端:「締切直前まで、ずっとあがき続けてずーっと計算していたので、間に合わなかったんだよ」
後輩:「なるほど。自分の仮説に拘泥した揚げ句、最後に撃沈した、と」
その通り。私は、仮説に対する十分な検証を行わないまま、執筆フェーズに突入して、撃沈してしまったのです。
後輩:「まあ、研究員として『潔い姿』は、演出できたじゃないですか」
結果としては、そういうことにもなっているかと思います。実際、研究員の中には、自分の仮説にこだわるあまり、データをひん曲げる人間もいますから。
ちなみに、私は、そんな見苦しいことはしません。私なら「データ」ではなく「自分の仮説」の方をひん曲げます。
私は、冒頭の「ファジィカー」のシミュレーション後、自分の打ち立てた仮説を、データを見るたびに、コロコロと変えることができるようになったのです。
後輩:「とはいえ、『過渡現象』の着眼点は悪くないと思いましたけどね」
江端:「直列並列混合のLCR回路の過渡現象を、時間関数に展開した式が、どこにもないんだよ〜(本当です。S関数式なら腐るほど出てきますが)」
後輩:「じゃあ、どうやって過渡現象を数値化したんですか?」
江端:「微分方程式を階差式に落として、エクセルで力づくで計算した」
後輩:「……」
江端:「階差式を作るプロセスで発狂しそうになったし、その結果が実測データ(ダイエットデータ)と全然一致しなかった時の、この奈落に落されたような絶望感、分かる?」
後輩:「出力ゲインを稼げなかったのなら、シミュレータに能動素子(トランジスタやオペアンプ)の概念を放り込めば、一発で解決できたでしょうに」
江端:「体内に、エネルギー増幅率が1万倍にもなるようなトランジスターのようなものがあるって、誰が信じる? 私だって信じないよ」
後輩:「だったら、胃や大腸に残っている食べ物の重量も計算すれば……」
江端:「いや、もうやんない。もう、疲れた。もう、当面計算からは離れて過したい」
後輩:「まあ、体重の長期現象を定式化した、というだけでも、十分な成果だと思いますけど……」
というように、今回は、あの後輩が『私をヨイショ』をするという、珍しい現象が起こりました。
私が、計算に失敗して、このコラムを脱稿した後、どれくらい「グレていたか」をご理解いただく一端となれば幸いです。
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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