人間の脳が握る、デバイス低消費電力化の鍵:IBMが語る、ウェアラブル向け最先端技術(2/2 ページ)
ウェアラブル機器に欠かせない要件の1つに、低消費電力がある。「第2回 ウェアラブルEXPO」のセミナーに登壇した日本IBMは、超低消費電力のコンピュータとして、人間の”脳”を挙げ、IBMが開発中の「超低消費電力脳型デバイス」について語った。
爪と同じサイズのチップに、トランジスタが200億個
スペースに制限のあるウェアラブル機器向けのチップ/電子部品は、低消費電力化と同様に、小型化が求められている。折井氏は、小型化の実現に向けたIBMのチップ技術として、IBM Researchが2015年7月に発表した7nmチップを挙げた。EUV(極端紫外線)リソグラフィ技術を使い、FinFETにSiGe(シリコンゲルマニウム)チャネルを採用した試作チップである*)。
同技術を用いれば、人間の爪と同じ大きさのチップに、最大200億個のトランジスタを搭載できるようになるという。
*)関連記事:IBMが7nm試作チップを発表、Intelに迫る勢い
人間の脳の仕組みが握る、デバイス低消費電力化の鍵
IBMが超低消費電力のデバイスとして研究を進めているのが、脳を模倣したチップ(以下、脳型デバイス)だ。
折井氏はセミナーで、次のような興味深い表を見せてくれた。
Watson | 人間の脳 | |
---|---|---|
クロック周波数 | 3.55GHz | 〜10Hz |
消費電力 | 200kW | 20W |
容積 | 1万2000L(10ラック) | 1.2L |
結合密度 | 4×103(bumps/cm2) | 2×108(synapses/cm3) |
折井氏の講演資料を基に、筆者が書き起こしたもの |
折井氏は、「Jeopardy!に出演したWatsonは、『IBM Power 750』上に実装したもので、各ノードは4個の『POWER7』チップから構成され、合計2880コアを持つものだった。このWatsonに供給された電力は200kWだった」と述べ、「どれだけ最新の技術を適用しても、消費電力は20kWくらいまでしか下がらなかった」と続けた。コンピュータと人間の脳を単純に比較するわけにはいかないが、それでも、脳がいかに超低消費電力であるかは分かるだろう。
IBMは脳型デバイスの研究開発に取り組み、2011年に第1世代のチップ「SyNAPSE*)」を発表した。同チップは380万個のトランジスタを搭載したもので、“ニューロン(プロセッサ)数”は256、“シナプス(メモリ)数”は約26万としている。2014年に発表した第2世代品は「TrueNorth」と名付けられ、54億個のトランジスタを搭載している。ニューロン数は100万、シナプス数は2.56億にまで引き上げられた。IBMはプレスリリースの中で、「54億個のトランジスタから成る同チップは、現時点(2014年8月)で最大のCMOSチップのうちの1つ」だと述べている。これだけのトランジスタを搭載しているにもかかわらず、消費電力はわずか70mWとなっている。TrueNorthには、Samsung Electronicsの28nmプロセスが用いられている。なお、折井氏によると、SyNAPSEのメモリ部分の開発には日本のチームが携わっているという。
*)SyNAPSE:The Systems of Neuromorphic Adaptive Plastic Scalable Electronics=神経形態学的電子工学システム
ただし、TrueNorthの100万個というニューロン数は、人間の脳の860億個には遠く及ばない。折井氏は、「米1粒をニューロン1個だとすると、第1世代SyNAPSEの256個は米256粒、TrueNorthの100万個は登山用リュックサック(30L)、そして人間の脳の860億個は、オリンピックで使われるような競技用プール(約250万L)に相当する量だ」と説明した。
TrueNorthでネコの脳と同じニューロン数を実現するためには、100個のチップが必要になる。折井氏は「これらのチップをどう接続するかが今後の課題であり、実装技術の問題になる」と語った。
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