半導体業界の秩序を変えた「チップセットの支配力」:この10年で起こったこと、次の10年で起こること(5)(3/3 ページ)
今回は、半導体業界とその周辺にこの10年で最も大きな変化をもたらした要因である「チップセット」を取り上げる。チップセットの勃興を振り返りつつ、国内半導体メーカーがなぜチップセット化の流れに乗り遅れたのか、私見を述べたい。
日米エンジニアの異なる特長
日本のエンジニアはスペシャリスト、米国はゼネラリストが多いという差である。後者はアーキテクトと呼ばれることも多い。ICを1つ作るにも方式、ソフト、コンパイラ、ロジック、回路、デバイス、テスト…… 多くの項目でスペシャリストが存在する。米国では、回路中心の打ち合わせでもソフトウェアエンジニアが参加することもある。異分野でも、なんでも口出ししてくるのだ。ところが日本では細分化された組織、例えば○○○部の面々は、その外の技術には無関心のことが多い。私は○○○のスペシャリスト、他のことは知りません的な会話が多くなってしまう傾向が高い。打ち合わせのメンバーはいつもほぼ同じ、別の分野のメンバーとの交流も少ない。
異論、反論もあろうが、名刺に“××○○○部”とあれば、「ああ、○○○しかできない人だな」とも思えてしまうほどである。しかしこうしたスペシャリストがまるで、リレーのように開発を進めている。一方で米国では自分の枠を決めずに前後左右、どこにでも関心を持ち、常に幅を広げているエンジニアが多い。
個々で優れていても、全体では……
どちらが良いかをここで議論するつもりはないが、各自は自分の担当する場所(部や課)から不良/不具合を出したくないので、万一のミスを許容できるようなマージンを積み込んでしまう習性さえも持っている。「1」の性能でよい場合も、「1.2」とするような。しかしこのマージンは「1」のものを「1.2」で作るわけなので、実は利益を蝕(むしば)んでいるのかもしれない。
チップ単体の性能を重んじたセクション主義=スペシャリスト、チップセットでのトータル主義=ゼネラリストの差が2010年以降、顕著化したと思えてならない。組織を変える(名刺を変える)だけでは解決するわけはない。今や中国でも台湾でもチップセット、キット、プラットフォームが主流である。部分、部分を比べれば確かに日本は負けていないのかもしれない。しかしトータルでみると……。チップセットを見るたびにこの差を感じてしまう。これが過去10年に大きな積み上げられた差の1つである。図3に、単体半導体メーカーからチップセットメーカーへの変貌を遂げた中国HiSiliconの製品の変遷を掲載しておく。
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筆者Profile
清水洋治(しみず ひろはる)/技術コンサルタント
ルネサス エレクトロニクスや米国のスタートアップなど半導体メーカーにて 2015年まで30年間にわたって半導体開発やマーケット活動に従事した。さまざまな応用の中で求められる半導体について、豊富な知見と経験を持っている。現在は、半導体、基板および、それらを搭載する電気製品、工業製品、装置類などの調査・解析、修復・再生などを手掛けるテカナリエの代表取締役兼上席アナリスト。テカナリエは設計コンサルタントや人材育成なども行っている。
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