「江バ電」で人身事故をシミュレーションしてみた:世界を「数字」で回してみよう(31) 人身事故(3/9 ページ)
1回の人身事故の損害が、とにかく「巨額」であることは、皆さんご存じだと思います。では、おおよそどれくらいの金額になるのでしょうか。そのイメージをつかむため、仮想の鉄道「江バ電」を走らせ、人身事故をシミュレーションしてみました。
国全体が危機にさらされると、自殺率は低下する?
こんにちは、江端智一です。
これは、日常的に、鉄道を移動手段としている私が、むりやり遭遇させられる「人身事故」という現象を、数字という1つの手段を用いて、(もっぱら私自身が)納得することを目的とした連載です。今回は、第3回目となります。
前回は、過去10年をさかのぼって、飛び込み自殺者数と、日経平均株価(年平均)の関連を調べてみました。
株価と連動して、100人オーダーで飛び込み自殺者数が変化しています。恐らく、皆さんも、鉄道の人身事故数が、国内の景気と連動していることには、気がついていると思います。
しかし、2011年の動きだけは説明ができませんでした。この年だけ、景気と連動することなく、飛び込み自殺者数が少なかったからです。
前回の校正作業の段階で、担当のMさんから、「3.11の震災と関係ありませんか」と指摘されて、思わず『あっ!』と声を上げてしまいました。実は、私、太平洋戦争時の、日本の自殺率のデータを見ていたからです。
以下は、明治時代後半から、日本の高度成長期の日本の自殺率(人口10万人当たりの自殺者数)の変化をグラフにしたものです。
ここに興味深い傾向が見られます。日本人にとって、最低にして最悪の期間であったはずの、太平洋戦争(1941〜1945年)の間、日本人の自殺率は、記録的に低くなっていたのです。
それだけでなく、太平洋戦争に至るまでの数年間も、自殺率は大きく改善されています。
しかし、この期間の間にどんな事件が起きていたかというと、2・26事件(1934年)→盧溝橋事件→日中戦争(1937)→国家総動員法(1938)→第二次世界大戦(1939)→日独伊三国軍事同盟(1940)、そして、太平洋戦争(1941年)に突入です。
どう考えたって、日本近代史における大暗黒時代じゃないですか。
ところが、どっこい、そんな状況にあって、わが国の自殺率はダイナミックに低下し続けたのです。
私は、自殺率とは、「国民の幸福度を数値化した通知表」と思っていますので、このデータを見た瞬間、「国家レベルの統計データ改ざん?」と、思わず陰謀論に走りそうになりました。
ところが、戦時中に、交戦国の国民の自殺率が低下するのは、結構、一般的な現象のようです。フランスの社会学者エミール・デュルケームは、著書『自殺論』で、「全国民を巻き込むほどの戦争や内線が起きた時、自殺は確実に大幅に減少する」と述べています。
実際に調べてみたのですが、第二次世界大戦中、ドイツ、イタリア、米国、カナダ、英国、スウェーデンでは、日本と同様に自殺率が明らかに減少しており、そして、あの戦争中、欧州において、最大級のとばっちりを受けていたといえるオーストリアですら、自殺率は激減していたのです。
つまり、国民が自らの意思で一致団結するような状況、特に、国民全体として差し迫った生命の危機にさらされているような場合において、その国の自殺率は低下するということが、客観的に認められているのです。
その一方、太平洋戦争が終わって、日本経済が体験したことない最高の好景気の中にあった(神武景気とは、神武天皇の治世後、最大級の好景気という意味)にもかかわらず、史上最大級の自殺率が達成されます。
もし、自殺率が「国民の幸福度を数値化した通知表」である(という私の仮説が正しい)なら、国民の幸福度は、平和な時代よりも戦時中の方が高い、ということになります。
実は、この話、次回以降に、鉄道人身事故(飛び込み自殺)の話につながっていく予定ですので、覚えておいてください。
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