始まった負の連鎖:“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(3)(4/5 ページ)
ある朝、顧客から入った1本のクレーム。湘南エレクトロニクスが満を持して開発した製品が、顧客の要求スペックを満たしていないという内容だった。その後、調査が進むにつれて、さまざまな問題が明らかになり、社員は“犯人探し”と“自己防衛”に走り始める――。
SNSにリーク、“湘南エレたたき”が始まった
映画、映像やCG制作などの業界において、今回、湘南エレ社とプレ社の2社が、ハリウッドのCG社のフィールドエバに参加していることは知れ渡っていた。それぞれ、高精細および高品位撮影を異なる方式で実現をしており、今回のフィールドエバは、業界そのものの注目を集めていたのだ。
そして、この件は、SNSに飛び火した。どこかから今回の情報がリークされ、SNS上で“湘南エレたたき”が始まったのである。
無論、湘エレ内では全社員が今回の件(ダイナミックレンジ性能不足、試験成績書改ざん)について知っていたが、まさか、SNS上でたたかれる羽目になるとは、みじんも予想していなかった。
「競合を出し抜くための社内不祥事」「手段を選ばない湘エレ」などと、あおるような言葉が並び、意図的に悪いことをやろうと思っていたわけではないにもかかわらず、ネットの世界では湘南エレが一方的な悪者になっていた。この件はインターネット上であっという間に拡散され、TVや雑誌などのマスメディアが取り上げるまで、さほど時間はかからなかった。
「企業不祥事」とは言い過ぎだ……と社長の日比野賢一(59)は思っていたが、マスコミはそんなことはおかまいなしだ。「社内にはびこる事なかれ主義の湘エレ体質」「顧客を裏切る湘エレ」などSNSよりも過激な見出しが躍り、言いたい放題の状況になっている。
そもそも誰がSNS上にこんな情報を書き込んだのか。当社の社員だろうか。それとも競合のプレ社か。あるいはCG社なのか。
真相がハッキリしなくとも、ネットではこのような風評はあっという間に広がる。懸念されるのは、顧客離れだった。
須藤がこれまで技術部の社員に感じていた“無関心さ”は、妙な方向に変わりつつあった。それは、「俺たちはちゃんとやっている」という妙な自己弁護、自己防衛だ。
相変わらずマスメディアは湘エレたたきをやっている。本社は営業部を中心に、「工場は何をやっているんだ?」と技術部に対していきり立つ。ここでも同じだ……。「営業をはじめ本社はしっかりやっている。いい加減なことをやらかすのは工場だ!」と言わんばかりだ。もう飽き飽きしてきた。
これまで、社内には無関心さがまん延し、技術部は元気がないように感じていた。ちょっとした波風ですら立てることを避けているように、須藤は思っていた。それが、波風など気にすることなく、皆が一斉に自己弁護を始めたこの気持ち悪さは例えようがない。
そんな現場をしり目に、経営はもっと深刻な問題に直面しつつあった。
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