始まった負の連鎖:“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(3)(5/5 ページ)
ある朝、顧客から入った1本のクレーム。湘南エレクトロニクスが満を持して開発した製品が、顧客の要求スペックを満たしていないという内容だった。その後、調査が進むにつれて、さまざまな問題が明らかになり、社員は“犯人探し”と“自己防衛”に走り始める――。
急激な業績悪化と信用失墜
ネットやマスメディアに「企業不祥事」とまで書かれた今回の一件が、海外にまで飛び火したのである。B to Bがメインであった湘エレは、欧米の主要放送局、映画制作会社から、次期ハイビジョン放送機器、シネマ機器の納入を軒並み断られることになった。B to Cのセキュリティ関連機器もようやく立ち上がろうとしている同社にとっては、大きなダメージだ。さらに、湘南エレのことが記事にならない日はなく、連日のようにマスコミ対応に追われた。
須藤は、なぜ、こんなに湘南エレクトロニクスがたたかれなければならないのか、理解できなかった。悪気があってやったわけではないだろう(少なくともこの時点では須藤はそう信じていた)。
須藤が今までニュースで見聞きしてきた企業不祥事など、もっと顧客や社会に大きな迷惑や損害を与えるものであったはずだ。こう言っては何だが、たかが、1映画製作会社のCG社の件で、こんなにも目の敵にされるものなのだろうか。そりゃ、規模の大小にかかわらず、湘南エレクトロニクスの社内で起きたことは、須藤にとっても許し難いし、まだ真相もはっきりしていない。試験成績書のデータ改ざんはともかく、少なくとも開発に携わり、キー電子デバイスであるA-Dコンバーターの設計や部品選定に関わったのは自分だ。直接的ではないにしろ、間接的に「お前らがしっかりしないからこうなったんだ」という目で社員から見られることが辛かった。
これまで順調だった湘南エレクトロニクスの業績は急激に悪化し、メインバンクからは経営改善計画の提出を迫られていた。
まさかの希望退職、社内に走る衝撃
業績が悪化していることは、社員誰もが知っている。しかし、まさか、人員削減に踏み切るとは予想していなかった。
なにしろ、リーマンショックの翌年以外は、ずっと業績は良かったはずなのだ。だから、当社も内部留保がそこそこあり、世間で聞く早期退職、希望退職などは湘エレ社員には無関係だと信じて疑わなかった。
もちろん須藤も同じように考えていたが、ここ1〜2年で業績が徐々に頭打ちになっていることも分かっていた。それ故、開発現場に無理なコスト削減、短納期開発が要求されてきたのだろう(第1回参照)。
心血を注いで開発した製品には愛着があり、このまま汚名を着せられたまま身を引くわけにはいかない。家には育児真っただ中の妻とかわいい子供もいる。もともと好きで入ったこの会社だから、まだ自分にできることもあるはずだ。同期の仲間もいるし、きちんと現状を見据えている中村部長もいる。須藤自身は、「腐った会社」と言い放っても、まだ希望の光は捨てていなかった。
だが、その希望を打ち砕き、社員の予想を裏切るかのように、人員削減が経営刷新計画の最初に盛り込まれた。全社員2000人に対して、3カ月後の月末をもって500人の希望退職者を募ると告知されたのだ。
社内に走る衝撃はいかに……。須藤たちはどうこの困難に立ち向かっていくのだろうか。
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Profile
世古雅人(せこ まさひと)
工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を開発設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画業務や、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。
2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱。2012年からEE Times Japanにて『いまどきエンジニアの育て方』『”AI”はどこへ行った?』『勝ち抜くための組織づくりと製品アーキテクチャ』などのコラムを連載。書籍に、『上流モデリングによる業務改善手法入門(技術評論社)』、コラム記事をまとめた『いまどきエンジニアの育て方(C&R研究所)』がある。
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