干渉少ない多重ビーム生成技術、60GHz機で実証:ミリ波帯高速通信の実用化を加速
富士通研究所は、多数のアンテナを搭載したサブアレイ間のビームの干渉をキャンセルする技術を、60GHz帯対応の無線装置に実装し、複数の端末に同時に電波を送信する実験に成功したと発表した。5G(第5世代移動通信)の要素技術の1つとされるミリ波帯高速通信の実用化を促進するとしている。
不要放射による干渉をキャンセル
富士通研究所は2016年9月6日、5G(第5世代移動通信)用の基地局やアクセスポイント向けに、10Gビット/秒(Gbps)を超える通信をWi-Fi並みの低消費電力で実現できる「サブアレイ間符号化技術」を実装した無線装置を試作したと発表した。複数の端末に対して同時に電波を送信する実証実験にも成功したという。
5G向けの要素技術には、ミリ波帯の活用や、多数のアンテナ素子を制御してビーム状の電波を各端末に向けるMassive MIMOなどがある。アンテナ素子には、アンテナから電波を飛ばすためにデジタル信号をアナログ信号に変換するD-A回路が必要だが、ミリ波帯において、アンテナ素子のそれぞれにD-A回路を1つずつ使用するデジタル方式を用いた場合、高速なD-A回路が多数必要になり、消費電力が大きくなってしまう。
そこで、信号処理の一部をアナログのアンテナ素子で行い、複数のアンテナ素子に対して1つのD-A回路を接続することでD-A回路の数を削減し、消費電力を下げるハイブリッド方式も開発されている。だが同方式では、端末に向けたビームが干渉し、通信速度が低下するという課題がある。アンテナ素子が128、ビーム多重数が8の場合、デジタル方式に比べるとハイブリッド方式ではD-A回路を16分の1に削減できる。一方で、多重したビームの干渉により通信速度は最大8分の1にまで低下してしまう。
富士通研究所は、ハイブリッド方式の1つであるインターリーブ型の構成を用いると、不要な放射によるビーム間干渉をキャンセルできることを発見し、2016年3月に同技術を「サブアレイ間符号化方式」として発表した。
インターリーブ型では、1つのD-A回路に接続するサブアレイ(アンテナ素子の集合体)内のアンテナ素子間隔を広げる。つまり、サブアレイの範囲は大きくなる。アンテナ素子間隔が広くなると、不要放射(グレーディングローブ)が発生する。
サブアレイの素子を1つ置きに配置した場合(図1)、AとBという2つのサブアレイから、信号Aと信号Bがそれぞれ2方向に電波として放射される。ただし、信号Aの2つは電波の位相が同じ(AとA)なのに対し、信号Bの2つはアンテナ素子の位置関係によって位相が変わる(Bと−B)。
この性質を利用し、サブアレイ間で適切な符号化をすることで(図2)、干渉をキャンセルしてビームを多重することができるという。1つのサブアレイに「A+B」の信号を入力し、他方のサブアレイに「A−B」の信号を入力すると、ある方向では「(A+B)+(A−B)=2A」と、信号Aだけの電波になる。そして、別の方向では「(A+B)−(A−B)=2B」と、信号Bだけの電波とすることができる。
今回、富士通研究所は、インターリーブ型でサブアレイ間符号化を実装した60GHz帯の無線装置の試作機を開発。実測で狭い多重ビームの生成と10Gbps超の高速通信を確認した(図3)。
富士通研究所は、今回の技術によって、ユーザーが密集したエリアで同時に通信しても、通信速度の低下を最小限に抑えることができるとしている。
同技術を携帯電話基地局やWi-Fiアクセスポイントに実装すれば、従来よりも狭いエリア(半径がより小さいエリア)内に多数の基地局やアクセスポイントを、電波の干渉を気にすることなく設置できるようになる可能性が高く、通信容量の向上が期待できる。
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