改革は“新しい形のトップダウン”であるべきだ:“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(8)(5/5 ページ)
経営刷新計画により450人が去った湘南エレクトロニクス。だが、社内改革プロジェクトは始まったばかりだ。このプロジェクトのアドバイザーとして招かれたコンサルタントの杉谷は、須藤たちの改革は、現場発の“ボトムアップ”ではなく、むしろ“新しい形のトップダウン”であるべきだと説く。
「ハード改革」と「ソフト改革」
さて、ここで読者の皆さんには少し湘エレのプロジェクトミーティングから離れていただき、改革についてお話してみたい。
改革でなくとも、社内で何らかのプロジェクトを推進する立場を経験された方ならお分かりだと思うが、「システムや仕組みを構築するよりも、人を動かす、いかにその気にさせるかの方がはるかに難しい」ということを経験し、知っている人は少なくない。
図3をご覧いただきたい。
「ハード(Hard)」と「ソフト(Soft)」と書いてあるが、そのまま、「ハードウェア」と「ソフトウェア」に置き換えていただいて構わない。企業組織の変革を「ハード」と「ソフト」の側面から模式的に示したものだ。
左上部分の「ハード改革」は、制度や手法などが既に決まっていて、強制力で人を動かす。先の例では、“やらされ感”満載の進め方だ。外資系でバリバリの戦略コンサルティングファーム、情報システム系で、何らかの制度改革を行う、システム導入を行うなどの場合によく見られる。「人がついてこない」「拒否反応を示す」「新しいものを導入したが(やり方にしたが)、レガシーなシステムを使い続ける(今までのやり方を踏襲する)」などだ。いわゆる「やらせる改革」では、業績への直接的な効果は大きいものの、社員の気持ちが離れてしまい、コンサルティング会社がミッションを終えて企業から去ると、あっという間につまづく、一人歩きできないなどの後遺症が残る。
一方、右下部分の「ソフト改革」は、社員の意識改革などが当てはまる。そのために、コミュニケーション的なことを行う研修会社や組織風土改革を行うコンサルティング会社などが存在する。このソフト改革を行うことで、セクショナリズムのような部門の壁を取り除く、今までさほど話ができなかった部門の人と話ができるようになる――。
これはこれで良いことだが、湘エレのような経営改革に近い場合は、これで甘んじてはいけない。なぜなら、経営者はコミュニケーションが良くなる、セクショナリズムが無くなる……だけでは満足しないからだ。経営者としては「コミュニケーションが良くなった。それでその結果、どれだけ利益が出るようになったのか、品質が上がったのか、CS(顧客満足度)が上がったのか」といった「効果」を求めるからだ。
だが、ソフト改革の場合は、改革の効果を定量的に測定できないという特性を持っている。そのため、経営者の要求する効果との因果関係をうまく説明できず、「プロジェクトメンバーや事務局など頑張る人だけが頑張り、やがて疲弊する」という構図に陥りやすい。さらに、時間が相当かかるので、業績への間接的効果(コミュニケーションが良くなったなど)はあっても、直接的効果が少なく、自然消滅することも少なくない。
Tコンサルの杉谷、若菜たちは、ハード改革とソフト改革、それぞれの特性について熟知しているため、「アメとムチ」「主体性とやらされ感」と言い換え、これらのバランスや使い分けが重要だと説明したのだ。求めるべき領域は図3中の右上の「ハード+ソフト」の領域である。
さて、次回は改革プロジェクトのキックオフの場面をお伝えしたい意気揚々とプロジェクトを始めたものの、予期せぬ邪魔や裏切りなどをくらう。須藤たちはこれをどう乗り越えていくのか。次回を、お楽しみに。
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Profile
世古雅人(せこ まさひと)
工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を開発設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画業務や、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。
2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱。2012年からEE Times Japanにて『いまどきエンジニアの育て方』『”AI”はどこへ行った?』『勝ち抜くための組織づくりと製品アーキテクチャ』などのコラムを連載。書籍に、『上流モデリングによる業務改善手法入門(技術評論社)』、コラム記事をまとめた『いまどきエンジニアの育て方(C&R研究所)』がある。
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