“不合理さを指摘できる組織”に、それが残った社員の使命だ:“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(9)(4/4 ページ)
コアメンバーで準備を進めてきた「社内改革プロジェクト」を、いよいよ全社員に向けて周知する日がやってきた。“おかしいことをおかしいと言えない職場”を、今こそ変える。強い決意を胸に、プロジェクトを発表した須藤たちだが、予想通りの反発が返ってきた。「そら来た」と須藤は身構えたが――。
(3)プロジェクトとしてのビジョンを掲げる
ありたい姿は言葉として残しておくべきである。特にこのような企業変革のプロジェクトにおいては、きちんとゴールや目標を定めることが欠かせない。それはプロジェクトのメンバーの結託をより強固にするだけでなく、迷いや判断にブレが生じたときに、立ち戻るための指針書でもあるからだ。
Tコンサルの杉谷、若菜の支援の下、湘エレのプロジェクトメンバーは図4で示すプロジェクトビジョンを掲げた。そのベースは、各自が「ありたい姿」を描きながら言葉を持ち寄ったものである。
この中で、「切り口」として示している項目は、「ハード(戦略、収益、プロセス、仕組み等)」と「ソフト(人と組織)」などと分かれていることがポイントだ。詳細については、今後説明していく予定だ。
いざ、キックオフ!
プロジェクトのキックオフは社内で最も大きな会議室を用いて行われた。仕事の都合上、全社員が一堂に集まれないので、職場ごとに数回に分けて行われた。
杉谷が予想した通り、社員の一部はあからさまに敵対心を見せてきた。「今さらこんなことをやっても意味がないのではないか?」という類のものが目立った。しかし、須藤たちは臆することなく説明を進めた。事前に杉谷、若菜から聞いていたことや、コアメンバーとじっくり話をしていたことで、敵対心を見せる社員の難癖については問題なく対応できたのだ。
キックオフには日比野社長の姿は見られなかったが、技術担当役員の栗山修一(56)と製造担当役員の関浩平(59)の姿が見えた。2人とも日比野社長が信頼を置き、プロジェクトに対して期待している数少ない役員だ。もちろん、PO(プロジェクトオーナー)の中村技術部長もキックオフの進捗をじっと見守っていた。
さて、須藤の上司である開発課の森田課長が口火を切った時のことだ。
森田(開発課長):「開発課の忙しいことは周知の通り。いくら経営刷新計画の一環だとしても、今は早く新製品を出すことが最優先ではないのか。そうでないと、離れた顧客も返ってこない。須藤君が何もリーダーになって進めるべきものではないでしょ? 違うかい、須藤君?」
山口(営業課長):「森田さんの言う通り、営業は売ってなんぼだ。まず、売れるものをサッサと作ってくれ。こんな活動などやっている場合じゃないだろ? あれ、末田もいるのか? 一体どういう人選をしたんだ。どうせ訳の分からないコンサルにでも入れ知恵されたんだろうに、これだからまったく……」
須藤は(来た来た……!)と思いつつ、返事をしようとしたところ、部長の中村がそれを遮った。
中村(技術部長):「君たちは一体何のために会社に残ったんだ。自分たちの会社を良くしようと立ち上がった部下のことを誇りに思わないのか?」
栗山(技術担当役員):「いろいろと話は中村君からも聞いているが、より会社を良くしようとしている社員の邪魔をすることは何人たりとも許されるものではない。そういうことは一度でも自らの意志で取り組んでから言うべきものだ。君たちはそれを胸を張って言えるのか? 少なくとも今回の経営刷新計画は、希望退職もやった中で、社長だけでなく各役員も、経営としての責任を取る覚悟でいるはずだ。そのために今こうしてこの場に立っている。辞めていった450人の社員が、この場を見たらどう思うのか、それをよく考えてもらいたい」
中村(技術部長):「今日、この場に来ているTコンサルの若菜さんは、“おかしいことはおかしいと言える組織”にすることが会社に残った皆の使命であると、ここにいるメンバーに気付かせてくれた。これまでと同じ仕事のやり方をしていてはいけない。これまでと同じ組織風土であってもならない。今日のこの場は、悪しき慣習がはびこりながら誰も変えてこなかったことを変えようとしているプロジェクトの初陣の日だ。半年先になるか、1年先になるかは分からないが、今ここにいる君たちも含めて、プロジェクトが成功し、辞めていった社員に会社はこう変わったよと笑顔で報告できることを、今から思い描こう」
これまで、一部の気の合う同期、先輩、部下や同僚、役員たちと粛々とプロジェクトの準備をしてきて、まだ圧倒的に抵抗勢力の方が強いと思っていた時に、中村と栗山が皆の前でハッキリと言ってくれたことが、須藤にとっては何よりうれしかった。
今日は定時で帰ろう。久しぶりにおいしい酒が飲めそうだし、子供と遊べる時間もとれそうだ。ほんのわずかだが希望の光が見えた気がした。
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Profile
世古雅人(せこ まさひと)
工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を開発設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画業務や、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。
2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱。2012年からEE Times Japanにて『いまどきエンジニアの育て方』『”AI”はどこへ行った?』『勝ち抜くための組織づくりと製品アーキテクチャ』などのコラムを連載。書籍に、『上流モデリングによる業務改善手法入門(技術評論社)』、コラム記事をまとめた『いまどきエンジニアの育て方(C&R研究所)』がある。
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