へつらう人工知能 〜巧みな質問を繰り返して心の中をのぞき見る:Over the AI ―― AIの向こう側に(9)(1/10 ページ)
今回は、機械学習の中から、帰納学習を行うAI技術である「バージョン空間法」をご紹介しましょう。実は、このAI技術を説明するのにぴったりな事例があります。それが占いです。「江端が占い師に進路を相談する」――。こんなシチュエーションで、バージョン空間法を説明してみたいと思います。
今、ちまたをにぎわせているAI(人工知能)。しかしAIは、特に新しい話題ではなく、何十年も前から隆盛と衰退を繰り返してきたテーマなのです。にもかかわらず、その実態は曖昧なまま……。本連載では、AIの栄枯盛衰を見てきた著者が、AIについてたっぷりと検証していきます。果たして”AIの彼方(かなた)”には、中堅主任研究員が夢見るような”知能”があるのでしょうか――。⇒連載バックナンバー
25年前、占いに手を出した記憶
25年ほど前の話になります。
当時、大学院の修士課程の2年生になった私は、進路について、随分悩んでいました。それは、博士過程に進むべきか、就職すべきかという単純な二者択一の悩みだけではありませんでした。
今の大学に残れるのか、残れなければどの大学を受験すべきか、学費はどうすれば良いのか、地元に戻るべきか、就職先に合わせるべきか、大学に残り続けるのが良いのか、就職をすべきなのか ―― そこには、無数のオプションがあり、悩み尽くして疲れ果てた私は、ついに、普段であれば絶対に手を出さないであろうものに、手を出しました ―― 占いです。
当時、私は大阪梅田の第三ビルの中にある、中高生向けの通信教育教材会社で、その教材に関する質問にやってくる子どもたちに個別指導をする講師のアルバイトをしていました。そして、そのビルの地下に、数個の占い用のブースがあるのを知っていました。
そこで、生まれて初めて「占い」なるものをした私は、私の人生において最大級の激怒、軽蔑、憎悪、その他の、ありとあらゆるネガティブな感情を共なって、人生の負の遺産として、私の記憶に焼き尽けることになったのです。
そもそも私は、その当時から、血液型や星座による性格判定やら占いやらを、信じない人間でした。占いが、「絶対的にあてにならないこと」を経験として知っていたからです。
例えば、私の星座である、「さそり座」の人間の特性は、
- 無口で一途な正確
- 信念に従い、意志が固く、不言実行型
- 成功するまでは、決して諦めない根性の人
- 理知的で、天才肌
だそうですが、
―― 誰だ、それは?
また、私の血液型である「AB型」の人間の特性は、
- 寂しがり屋
- 引っ込み思案な性格
- プライベートは秘密主義
- 常識を重んじる、ロマンチスト
だそうですが、
―― だから、本当に、その人間は一体どこにいるんだ?
私という人間は、
- 頼まれればスピーチでも講演でもホイホイと引き受け、ベラベラとしゃべりまくり、
- 初めての仕事でもさっさと取り掛かり、うまくいかないと分かればとっとと撤収し、
- 電子レンジから鉄道システムに至るまで、節操なくさまざまな業務の仕事にかかわり、
- 毎日、自分のWebサイトで、自分だけでなく、自分の家族のことまで公開して、
- 電車の飛び込み自殺で人体が切り刻まれるシミュレーションのプログラムを、平然とした顔で組み上げる(「1/100秒単位でシミュレーションした「飛び込み」は、想像を絶する苦痛と絶望に満ちていた」)
―― そういう「さそり座」の「AB型」の人間です。
私は、占い師だけでなく、占いの客となる人間も、気持ち悪いと思っています。
占い師:「あなたは、外見的には規律正しく自制的ですが、内心ではくよくよしたり、不安になったりする傾向がありますね」
客:「ええ! スゴーイ、なんで分かるんですかぁ!?」
意味が分かりません。「誰よりも分かっているはずの自分の性格を、他人に当ててもらって驚いている人」が、一体、「何」を求めて占い師に金を払っているのか、私には全く理解できないのです(バカにしているのではなく、「本当」に分からない)。
そもそも、この手の「占い師による自己能力アピール」の手法は、1956年段階で、心理学的に解明されています。「バナーム効果」というものです。
占い師が、客に対して、「あなたはロマンチストな面を持っています」「あなたは快活に振舞っていても心の中で不安を抱えている事があります」のようなフレーズを与えると、その客は、―― ほとんどの客が ―― あたかも、その占い師が『自分のみが有する特殊な性格を言い当てている』と思い込んでしまい、占い師に信頼を寄せるようになる、というものです。
また、客が、占い師に対して、その占いに対する根拠の説明を要求しないことも、気持ち悪いと思っていますし、逆に、占い師が、客に対して、そのような説明をしないことも、信義則に反する不作為であると思っています。
もちろん、私は、その根拠の説明が、科学的や論理的であることを要求しません。占いは、それが、科学的でも、論理的でもなく、その個人の有する特殊な能力(占い師が霊視とか霊感とか呼んでいるもの)に依拠している(ことになっている)点にこそ、価値があるのですから。
ですから、その説明が、うそでも作り話でも、例えばこんな、頭のイカれたような話でも私は受け入れます。
土星と木星の視野が30度以内に入ると、そこから惑星間オーラが地球におよび、この惑星オーラは、平均気温11℃の環境で生まれた「さそり座」の、特に血液に「AB型」の血液に影響を与えるんですよ――。
――と、こんな話であっても、私は、説明義務は果たしたものとして評価します(もちろん、そんな話は信じませんけど)。
全ての占い師は、あの宗教団体の教祖 ―― 著名人に面会してもらえず、「(その著名人の)守護霊インタビュー」などという本を出版している ―― のマインドに学ぶべきです。占い師を名乗るのであれば、客観性絶無の、自分の中だけで閉じたトンデモ……もとい、オリジナル理論を、自力で創作するくらいの気概を示せ、と私は言いたいのです。
私が、「占い」なるものに価値を見いだせるとしたら、その「フレーズの創作性」にあります。
「上から落ちてくるものに気を付ける」
「黄色のTシャツがOK」「水色のハンカチはNG」
「好きな人から告白されるかも」
「人からあらぬ疑いをかけられるかも」
同じような内容のフレーズを、微妙に表現を替えながらも、毎日(毎朝)、生産し続ける努力は評価します*)が、この程度のフレーズであれば、簡単なプログラムで作ることができると思います(で、そのプログラムは100年分の、重複のない200万フレーズ(365 日 x 100年 x12(星座) x 4(血液型))を、数分で作成し終えるでしょう)。
*)これも近いうちにテキスト分析してみようと思っています(「我々が求めるAIとは、碁を打ち、猫の写真を探すものではない」)。
それでも、歴史上「占い」というサービスが消滅したことは1度もありません。それは、占いが「正確な未来予測」や、「その予測に基づく適切なアドバイス」ではなく、それらとは全く異なる意義を持っているからなのです。
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