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“技術の芽吹き”には相当の時間と覚悟が必要だイノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(15)(1/2 ページ)

今回は、200年以上の開発の歴史を持つ燃料電池にまつわるエピソードを紹介したい。このエピソードから見えてくる教訓は、1つの技術が商用ベースで十分に実用化されるまでには、非常に長い時間がかかるということだ。

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「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」バックナンバー

燃料電池事業で日本との提携先を探す

 2017年7月、京都大学らの研究グループが、アンモニア(NH3)を直接燃料とした固形酸化物形燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)で、1kWの発電に成功したと発表した。同グループによれば、NH3燃料電池の発電出力としては世界最大規模だという(関連記事:京大ら、アンモニア燃料電池で1kW発電に成功)。

 さて、燃料電池だが、その歴史は古い。1801年に、イギリスの化学者で発明家のハンフリー・デービーによって考案され、1839年、イギリスの物理学者ウィリアム・グローブが公開実験を行っている。


燃料電池の仕組み。水素と酸素を利用し、水の電気分解の逆の原理で発電する 出典:FCCJ(燃料電池実用化推進協議会)

 燃料電池技術開発の草分け的存在であるメーカーの1つが、カナダのBallard Power Systems(以下、Ballard)だ。燃料電池の方式は幾つかあるが、Ballardが手掛けていたのは、固体高分子形燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)*)である。1979年、ジェフェリー・バラードがBallard Researchとして設立した。1993年にはトロント証券取引所に上場している。

*)北米では、「PEMFC(Proton Exchange Membrane Fuel Cell)」とも呼ばれる。

 本連載で何度か紹介してきたように、1980年代後半から1990年代にかけて、日本の企業は、米国シリコンバレーなどのハイテクベンチャーと提携しようと活発に動いていた。理由はもちろん、事業の多角化を図るためである。筆者は1990年代初頭、米国だけでなくカナダでも、日本企業との戦略的提携をどう進めればいいかについて、たくさんの講演を行ったものだ。カナダ政府に依頼され、トロント、オタワ、カルガリー、バンクーバーなど、カナダの主要都市を巡回して講演したことを昨日のことのように覚えている。

 さて、バンクーバーで講演をした時のことだ。地元のベンチャーキャピタル会社であるVentures Westから、ある依頼があった。同社が投資しているBallardと戦略的提携を結んでくれる日本企業を探してほしいというものだった。それをきっかけに、筆者が代表を務めるAZCAは、1994年、日本で提携先を探す件について、Ballardのアドバイザーをすることになった。

 AZCAのプロジェクトチームは、Ballardと提携してくれる企業を求めて、日本中をくまなく探し回ることとなった。

提携に手を挙げた日本企業

 燃料電池の用途は大きく分けて2つある。1つは車載用、もう1つは定置型だ。車載向けでは日本の大手自動車メーカーを中心に、定置型では、それこそさまざまな規模の企業を訪ね歩き、提携先を探し求めた。

 当時、われわれは、「5000万円(約50万米ドル)を払ってもらい、1年間という期間でBallardの燃料電池を試用してもらう。可能性があると判断していただいたら、提携してもらう」という提案をしていた。

 Ballardは、米国ではフォードやダイムラーなどと提携していたが、日本では、車載用でも定置型でも、どの企業も食指が動かなかったようで、提携先を見つけることに難航した。

 約2年をかけて関連分野の企業をほとんどくまなく回ったが、どの企業とも提携するまでには至らず、諦めかけた時だった。

 東京都大田区に本社を置く産業機械メーカーである荏原製作所から、「興味がある」との声がかかったのだ。ただし、荏原製作所は、「現在は資金がないので、1年待ってほしい」という条件を付けてきた。Ballardからすれば、1年も待っていられない。そんなわけでAZCAはアドバイザーの契約を解かれ、この提携プロジェクトは失敗したかに見えた。

 ところが、その1年後、何と荏原製作所から筆者の元に1本の電話がかかってきた。資金を確保できて提携できそうなので、今度は荏原製作所のアドバイザーをやってくれないか、と言うのである。

 Ballardとも相談し、結果的に弊社AZCAは、荏原製作所のアドバイザーを引き受けることとなった。そして1998年、荏原製作所とBallardは、「荏原バラード」という合弁会社を設立。日本の家庭用燃料電池市場に参入したのである。日本でも燃料電池に対する機運が高まってきたころであった。

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