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“技術の芽吹き”には相当の時間と覚悟が必要だイノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(15)(2/2 ページ)

今回は、200年以上の開発の歴史を持つ燃料電池にまつわるエピソードを紹介したい。このエピソードから見えてくる教訓は、1つの技術が商用ベースで十分に実用化されるまでには、非常に長い時間がかかるということだ。

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合弁解消と、分散型電源へのシフト

 だが、実際問題として燃料電池の開発に掛かるコストは極めて高い。競争の激化もあり、資金繰りが続かなくなった荏原バラードは、2009年に合弁会社を解消せざるを得なくなってしまった。荏原バラードの技術やエンジニアは、現在のJXエネルギーの子会社であるENEOSセルテックに譲渡された。

 なお、現在は、定置用燃料電池の方式は、Ballardが手掛けるPEFCよりも、冒頭に出てきたSOFCの方が、部品点数などの観点から適しているといわれている。例えばパナソニックのエネファームは、SOFCを採用している。

 ただ、定置型燃料電池でも新しいトレンドが出てきた。それが分散型電源である。日本では離島系統の電力システムとして注目されてきた。Ballardはこうしたトレンドを受け、分散型電源の開発にシフトしている。移動式の大型コンテナトラックで発電できるシステムを開発し、それを工場に横付けして、工場から出る排ガス(特に水素)を使って発電するのである。


Ballardが開発した、燃料電池を搭載した移動式コンテナ(クリックで拡大) 出典:Ballard Power Systems

*)余談だが、この原稿を用意し始めた少し前、筆者が住むサンフランシスコでは9万世帯が停電するという、大停電が起きた。米国の電力インフラは、決して強くはないのである。


ソフトバンク本社(東京都港区)に設置されたBloom Energyの燃料電池システム「Bloomエナジーサーバー」(クリックで拡大) 出典:Bloom Energy Japan

 ちなみに、分散型電源を手掛ける大手メーカーの一例として米Bloom Energyが挙げられる。Ballardとは違い、こちらはSOFC方式を採用している。Bloom Energyの技術に目を付けたのがソフトバンクだ。2013年には、Bloom Energyとソフトバンクグループの合弁会社Bloom Energy Japanが設立されている。

 Ballardは、本筋の燃料電池事業でも、バスや鉄道といった交通インフラ市場で業績を伸ばしている。2017年6月には、ドローンに搭載する燃料電池システムを受注したと発表した。荏原製作所との合弁事業こそうまくはいかなかったが、Ballardは時代の潮流をつかみ、事業をうまく軌道に乗せているのである。

技術の確立には、相当な時間が必要だ

 冒頭で触れたように、燃料電池の原理が考案されたのは1801年だ。その時から、何と200年以上たっているのである。気の長い技術だ。市場の変化のスピードが加速する一方の現在、エンジニアの皆さんは、開発期間の短縮やコストの削減に苦慮されていることだろう。「1つの技術が確立され、商用的な意味で本当に実用化されるまでには、相当の時間が必要になる」ということを、経営陣にはせめて胸に刻んでいただきたいと思う。


1890年代、ニューヨークのタクシーは電気自動車だった


このような電気自動車がタクシーとして使われていた(クリックで拡大) 出典:Wikipedia「Taxicabs of New York City」:CC BY-SA 3.0 de

 燃料電池の大きな用途の1つは、自動車だ。ただ、燃料電池自動車は、インフラの設備やメンテナンスのコストが掛かることから、電気自動車に比べると期待されているほどには普及が進んでいない。

 実は、燃料電池の歴史と同じくらい、電気自動車の歴史も古い。ただ、もちろん、リチウムイオン電池は搭載していない。初期の電気自動車に使われていたのは鉛蓄電池だ。鉛蓄電池の発明は電気自動車の実用化を促し、1890年代には、ロンドンとニューヨークで、左上の写真のような電気自動車がタクシーに使われるようになった。

 安価なガソリン自動車が開発されたことから、電気自動車の生産台数は減少に転じてしまったが、地球温暖化ガスの削減で再び熱い注目が集まり、開発が加速しているのは、皆さんがご存じの通りである。


「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー


Profile

石井正純(いしい まさずみ)

ハイテク分野での新規事業育成を目標とした、コンサルティング会社AZCA, Inc.(米国カリフォルニア州メンローパーク)社長。

米国ベンチャー企業の日本市場参入、日本企業の米国市場参入および米国ハイテクベンチャーとの戦略的提携による新規事業開拓など、東西両国の事業展開の掛け橋として活躍。

AZCA, Inc.を主宰する一方、ベンチャーキャピタリストとしても活動。現在はAZCA Venture PartnersのManaging Directorとして医療機器・ヘルスケア分野に特化したベンチャー投資を行っている。2005年より静岡大学大学院客員教授、2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年よりXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。

新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。


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