厚き量産の壁、リソースの不足で花が開かなかった技術:イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(17)(3/3 ページ)
さまざまな技術がしのぎを削ってきたディスプレイ業界。初期は酷評されたLCD(液晶ディスプレイ)は、世界中の何千人というエンジニアが開発に関わり、不良をつぶしていったことで大きく花開いた。だがその陰で、十分なリソースをかけられず、量産化の壁を乗り越えられなかった技術も存在する。
ソニー、キヤノン、東芝もFPDに苦しんだ時代
FPDの世界では、同じような事例が幾つも存在する。
ソニーは、自発光型のディスプレイFED(Field Emission Display:電界放出ディスプレイ)の開発を手掛けていた。1998年には、米国Candescent Technology(キャンディセント テクノロジー)とFEDの共同開発を行うことで合意したと発表している。14型から17型程度の画面サイズを目標に開発を進めていく計画だった。
ソニーは、膨大な額を投資して共同開発を進めたが、開発が思うように進まず、途中から開発の権利を買い取って自社開発に切り替えた。それでも、やはり“危なっかしいテクノロジー”と見なしていたのだろう。2006年にはFEDの開発事業を切り離し、投資ファンドであるテクノロジーカーブアウト投資事業有限責任組合(TCI)と合弁でエフ・イー・テクノロジーズを設立した。エフ・イー・テクノロジーズが19.2型のFEDのプロトタイプを展示するなど、進歩はあったようだが、これも量産レベルには達しなかった。結局、2009年3月には、FEDの量産を断念したと発表、会社は清算することとなった。
エフ・イー・テクノロジーズは、JR目黒駅のすぐ前にオフィスとショールームを持っていた。実は筆者は、同社が会社をたたむ、まさにその日にショールームを訪れ、FEDを見せてもらっている。非常に鮮やかな色できれいな画像を表示できていたことを、よく覚えている。「これほどきれいな画が出ているのに、量産はしないのか」と筆者が問うと、「プロトタイプでは作れるが、量産するとなると、とても採算が取れない」との答えだった。
キヤノンと東芝が共同開発していたSED(Surface-conduction Electron-emitter Display:表面伝導型電子放出素子ディスプレイ)も、同じ運命をたどってしまったディスプレイの1つだ。SEDは、FEDの1種である。キヤノンが1980年代に開発を始め、1999年に東芝との共同開発に発展、2004年には合弁会社であるSED社を設立した。ところがSEDも量産化を実現することができず、2007年に東芝がSED社から撤退。その後はキヤノンが単独で事業を行うこととなったものの、やはりうまくいかずに2010年にはSED社を清算したのだった。
もし、開発リソースが十分にあったなら
TDELディスプレイの量産に行き詰まったiFireは結局、2009年1月に中国の投資グループに“身売り”し、中国CTS Groupの子会社となった。iFireに転職してカナダに渡った和迩氏は日本に戻り、現在は日本の某メーカーで働いている。
このようにFPDの世界では、数々の技術の開発が花盛りとなったが、消えていったものも多かった。開発に関わるメーカーの売却や清算が、2009〜2010年に集中しているのは、非常に興味深いところだ。
モノによっては、量産の壁は極めて厚い。ただそれが、リソースの問題なのか、それとも原理的に乗り越えられないものなのかは、また少し異なるところだろう。数年前、ある専門家がこんなことを言っていた。「もし今、液晶ディスプレイと無機ELディスプレイが同じスタートラインに立ち、両方に同じだけのリソースをかけて開発したならば、恐らく無機ELディスプレイが勝つだろう」。あくまで、「もしも」の話である。ただ、初期はあれだけ酷評されていたLCDの進化の具合を振り返ると、もし同じくらいのリソースがあったら、無機EL FPDも花開いていたのではないか……、と考えてしまうのである。
フレキシブルディスプレイへの期待
冒頭でも紹介したように、ディスプレイ業界全体に目を向けてみると、まだまだ動きはある。
つい最近のことであるが、明治大学の三浦先生と東京で昼食をご一緒する機会があり、iFireやその他の懐かしいFPDの話で盛り上がった。同氏によれば、もう、無機だ有機だと言って張り合っている場合ではなく、無機ELの良い点を有機ELにどんどん取り入れて良いモノを作っていくべきではないかという意見だった。さまざまな技術が融合して新しい道が開かれる。これがまさに、イノベーションの1つの在り方であると強く感じた。
筆者が今、注目しているのは、フレキシブルな基板に印刷技術を使って製造する有機ELディスプレイだ。英国の市場調査会社であるIDTechEx Researchが2016年に発表したレポートによれば、フレキシブル有機ELディスプレイの市場規模は、2020年には180億米ドルに達する見込みだという。素質のある技術は、量産やリソースの壁にぶつからず、大きく花開くように願っている。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー
Profile
石井正純(いしい まさずみ)
日本IBM、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て1985年に米国カリフォルニア州シリコンバレーにAZCA, Inc.を設立、代表取締役に就任。
米国ベンチャー企業の日本市場参入、日本企業の米国市場参入および米国ハイテクベンチャーとの戦略的提携による新規事業開拓など、東西両国の事業展開の掛け橋として活躍。
AZCA, Inc.を主宰する一方、ベンチャーキャピタリストとしても活動。現在はAZCA Venture PartnersのManaging Directorとして医療機器・ヘルスケア分野に特化したベンチャー投資を行っている。2005年より静岡大学大学院客員教授、2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年よりXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。
新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。
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