銅に音波を注入してスピン流の生成に成功:磁石、貴金属不要の磁気デバイスに期待
慶應義塾大学と東北大学、日本原子力研究開発機構は2017年8月18日、銅に音波を注入することでスピン流を生み出すことに成功したと発表した。
慶應大学、東北大学、日本原子力研究開発機構の研究グループ
慶應義塾大学と東北大学、日本原子力研究開発機構は2017年8月18日、銅に音波を注入することでスピン流を生み出すことに成功したと発表した。この成果により、磁石や貴金属を必要としない省エネルギー磁気デバイスの実現が期待できるという。
研究成果は、慶應義塾大学大学院理工学研究科の小林大眞氏、理工学部の吉川智英氏(2017年3月卒業)、能崎幸雄教授、東北大学金属材料研究所の井口亮助教(現:物質・材料研究機構研究員)、齊藤英治教授、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター研究員の松尾衛氏(現:東北大学材料科学高等研究所研究員)同センター長の前川禎通氏らで構成する研究グループによるもの。
2013年発表の理論を実証
室温で強い磁気を持つ物質において、ミクロな角運動量である電子のスピンが力学的な回転運動(マクロな角運動量)と互いに変換可能であると実証されている。こうした効果は、物質を高速回転させるほど、大きくなるが、最先端の高速化移転技術によって実現できる、毎秒1万回転程度の回転速度を用いたとしても、磁場に換算すると地磁気の1500分の1程度という極めて微弱な効果しか得られず、これをデバイス応用する研究はほとんど行われてこなかった。
その中で、松尾氏らは2013年に室温で磁気を持たない銅やアルミニウムなどの金属でも、マクロな角運動量を与えることにより、金属中に電子のスピンの方向がそろった状態(スピン蓄積状態)を作ることができる理論を発表した。スピン蓄積は、自転方向のそろった磁気の流れであるスピン流の源になるもの。これまでのスピン流生成には、プラチナのような貴金属や磁石が用いられており、銅のようなありふれた安価な金属は不向きとされてきたという。これに対し、松尾氏らは、物質に回転を与える音波を使うことにより、銅からスピン流を生成できることを予言。ただし、音波によって金属原子に与えられる回転は変動するので、音波によって作られるスピン流も激しく変動するため検出が難しく、これまで実験的な検証が行われていなかった。
SAWフィルター素子を作成して実証
そうした中で研究グループは、1秒間に10億回以上の速さで原子が回転するレイリー波*1)と呼ばれる音波を銅に注入することによって、スピンの方向が周期的に変化する「交流スピン流」を生み出し、磁石の磁気量を大きく変化させることに成功したという。
*1)レイリー波:音波の一種であり、物質の局所的な振動が波として表面を伝搬する現象を指す。
研究グループは、レイリー波を生成するアンテナと、伝搬したレイリー波を検出するアンテナの間に銅と磁気を持つニッケル・鉄合金を重ねて貼り付けたSAW(表面弾性波)フィルター素子を作成して実験を実施した。
レイリー波を銅に注入すると、銅原子が高速に回転し、ニッケル・鉄合金の方向に流れるスピン流が発生した。このスピン流は、ニッケル・鉄合金の磁気量を変化させる能力を持ち、レイリー波のエネルギーの一部は、磁気量の変化に利用され、結果的に注入されたレイリー波の振幅が小さくなる。研究グループでは、磁場を用いてレイリー波と磁気量の変化の周波数を一致させたとき、レイリー波の振幅が大きく変化する現象を確認した。なお、この現象は、銅を取り除いたり、銅とニッケル・鉄合金の間にスピン流を通さない酸化シリコンを挟んだりすると、ほとんど消失したという。
「デバイス応用の観点から極めて有望」
こうした実験結果は「予言通り、レイリー波が銅に交流スピン流を作ることと、生成された交流スピン流が銅に貼り付けられたニッケル・鉄合金の中の磁気量を激しく変化させることを証明する決定的な実験結果」(慶應大など)と結論付け、「銅を厚くすることにより、磁気量の変化を簡単に増加できることも発見し、本技術がデバイス応用の観点から極めて有望であることが分かる」(同)としている。
慶應大などでは実証した新しいスピン流生成法について「このSAWフィルター素子を用いてスピン流を生成し、携帯端末内で情報記録やデジタル情報処理を行う磁気デバイスの機能動作を省電力に制御できる可能性を提供する。従来のスピン流生成法とは異なり、磁石や貴金属を必要としないため、磁気デバイスの高性能化、省電力化だけでなく、安価なレアメタルフリー技術として大きく貢献できる」との見通しを示している。
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