東工大ら、スピン電荷分離現象を直接観察:スピン分解オシロスコープ実現
東京工業大学(東工大)らの共同研究グループは、時間軸で電荷信号とスピン信号の両波形を計測できる「スピン分解オシロスコープ」を実現した。これを用い、「朝永−ラッティンジャー液体」におけるスピン電荷分離現象を初めて直接観察した。
プラズモニクスとスピントロニクスを融合した新素子開発に道筋
東京工業大学(東工大)理学院物理学系の橋坂昌幸助教と藤澤利正教授、NTTの村木康二上席特別研究員らによる共同研究グループは2017年3月、時間軸で電荷信号とスピン信号の両波形を計測できる「スピン分解オシロスコープ」を実現したと発表した。これを用いて、「朝永−ラッティンジャー液体」におけるスピン電荷分離現象を直接観察することに成功した。
次世代の高機能半導体素子を実現するため、極めて速い信号処理速度と低消費電力を両立できる技術の研究、開発が進んでいる。こうした中で注目されているのが、高速の信号処理に適した「プラズモニクス」と、低消費電力化に向けた「スピントロニクス」の分野である。プラズモニクスは電子集団の電荷密度の濃淡を信号(電荷信号)として用いる。これに対してスピントロニクスは、スピン密度の濃淡を信号(スピン信号)として用いるという。
「電荷」と「スピン」が持つ特長を1つの素子に融合することができれば、両方の特長を兼ね備えた半導体素子が開発できるとみられている。ところが、従来の測定手法では、電荷信号とスピン信号の両波形を時間軸で計測することが難しく、これまで新素子の開発は大きく進展しなかったという。
共同研究グループは今回、素子中の電荷信号とスピン信号の両波形を時間軸で計測できるスピン分解オシロスコープを開発した。スピンの向きによって電子を分別する「スピンフィルター」と、電荷信号を検出することができるナノメートルサイズの「時間分解電荷計」を組み合わせることで実現した。アップスピン電子数とダウンスピン電子数の和が「電荷信号」となり、その差は「スピン信号」となる。また、スピンフィルターを用いて、アップスピン電子のみを「時間分解電荷計1」へ、ダウンスピン電子のみをこれとは別の「時間分解電荷計2」に振り分け、それぞれの波形を時間軸で計測することにより、電荷信号とスピン信号の両波形を直接観測することに成功した。
今回の実験は、半導体素子中の量子ホールエッジチャネルを用いた。2つの波束状の信号を異なる時間に検出することで、電荷信号とスピン信号が異なる速度で伝搬する状況を明らかにしたという。同様な試料中における単独の電子に比べて、電荷信号の速度は約30倍、スピン信号の速度は約3倍になることが分かった。
共同研究グループは、2014年に「朝永−ラッティンジャー液体」の励起素過程の観測に成功している。今回は、「朝永−ラッティンジャー液体を象徴するスピン電荷分離現象についても、世界で初めて直接観察することに成功した」と主張する。1次元伝導体(カーボンナノチューブなど)においては、電荷またはスピンを運ぶ電子集団の運動が支配的となる。この電子集団を「朝永−ラッティンジャー液体」と呼び、朝永振一郎博士とホアキン・マズダク・ラッティンジャー博士によって理論が構築された。さまざまな1次元伝導体でその存在が確認されているという。
今回の研究成果は、プラズモニクスとスピントロニクスの利点を融合させた、「スピンプラズモニクス」と呼ばれる新しい技術の創出に弾みをつけるとみられている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 硬い透明セラミックス、シリコンと窒素から合成
東京工業大学は、シリコンと窒素の原子が結合した化合物から、硬い透明セラミックスを合成することに成功した。開発した物質は全物質中で3番目の硬さを持ち、耐熱性はダイヤモンドを上回る。 - 室温で発光、円偏光スピンLEDの試作に成功
東京工業大学の西沢望特任助教らは、室温で発光する円偏光スピンLEDの試作に成功した。ガン細胞の検出や暗号通信などへの応用が期待される。 - 東工大ら、パワーデバイス内部の電界を直接計測
東京工業大学の岩崎孝之助教らによる研究グループは、新たな電界センサーを開発し、パワーデバイス内部の電界を直接計測することに成功した。 - 有機ELの電子注入層と輸送層に向けた新物質
東京工業大学の細野秀雄教授らは、有機ELディスプレイの電子注入層と輸送層に用いる透明酸化物半導体を開発した。新物質は従来の材料に比べて、同等の仕事関数と3桁以上も大きい移動度を持つ。 - n型強磁性半導体を作製、伝導帯にスピン分裂
東京大学のレ デゥック アイン助教らは、強磁性半導体において大きなスピン分裂をもつ電子のエネルギー状態を初めて観測した。スピン自由度を用いた次世代半導体デバイスの実現に大きく近づいた。 - 東工大、微細化でIGBTのオン抵抗を半減
東京工業大学は、微細加工技術によりシリコンパワートランジスタの性能を向上させることに成功したと発表した。従来に比べオン抵抗を約50%低減できることを実証した。