合理的な行動が待機児童問題を招く? 現代社会を映す負のループ:世界を「数字」で回してみよう(50) 働き方改革(9)(7/8 ページ)
今回のテーマは「子育て」、とりわけ、働き方と深く関わってくる、保育園の待機児童問題です。少し前に取り上げた「女性の活躍」と切っても切り離せず、かつ深刻を極めている問題なのですが、政府の対応がうまくいっておらず、また、実は“当事者意識”を持ちにくい問題となっていることが、数字から見えてきました。
「日本死ね」の「日本」はあなたであり、私である
ともあれ、これが政府の「勝つシナリオ」の1つであるとすれば、根拠のある戦略であるとも言えますが ―― 実際のところは、私には、本当のことは分かりません。
「日本の行政システムの縮退(シュリンク)」は、政府としてはどうあれ、既存の権力基盤を構成する人達(例えば政治家など)には、口が裂けても言えないことです。権力基盤の礎である、選挙区の票田と議席を失うことになるからです。
これは、政治家だけとは限りません。私たちの行動原理も似たようなものです。
私たちは、既存のシステムを拡張する方向には、モチベーションを発揮できるのですが、縮退する方向には、ものすごい勢いで抵抗します ―― 自分の縄張り(既得権)を、自分で捨てるようなことになるからです。
IT分野に絞って言えば ―― 私は、『コンピュータが個人のものになる(パソコン)ことはない!』と叫びながら倒産していった会社や、パソコンの性能向上を十分に予測しながら、大型コンピュータ(メインフレーム)事業をなかなか捨てられなかった企業も、山ほど知っています。
私たちは、変わりたくないのです。特に、他人の利益となる為に、自分の不利益になるような変化には、何が何でも抵抗し続けます。
詰まるところ、「保育園落ちた。日本死ね」の「日本」とは、日本国政府ではなく、「あなた」のことであり「私」のことなのです。
それでは、今回のコラムの内容をまとめてみたいと思います。
【1】政府主導の「働き方改革」の重要項目の1つである「子育て、介護、障害者就労」から、「子育て」の"保育所"、"待機児童"の問題に絞って検討を行いました。
【2】"待機児童"の問題が、現代の社会の状況(例:「女性が働く社会」ではなくて「女性が働かなければ成立しない社会」)を、ドンピシャで反映していることを実例で示しました。
【3】"待機児童"の問題が、実は人間の肉体の構造上の問題だったり、日本人のIT技術に対する本質的な嫌悪だったり、利己主義の原則だったりと、私たちの日常生活における当たり前の行動原理に起因するものであることを示しました。
【4】オブジェクトモデルを使って、保育所の数が不足している問題を俯瞰してみた結果、個々のオブジェクト(関係当事者)は、合理的な行動を取っているだけであり、その結果、この問題が、局所的最適解(ローカルミニマム)に陥っていることを示しました。
【5】この問題が極めて深刻な問題であるにもかかわらず、(A)問題の生存時間(ライフサイクル)が短いこと、(B)問題に直面する当事者の数が小さいこと、(C)その状況が改善される未来が見込めないこと、などから、民主主義に基づく意志決定システム(選挙制度)などで解決される見込みが小さいことを示しました。
【6】子どもを増やすことが、家庭にとっては不利益となり、国家にとっては利益になることを、極めて単純な計算で示しました。
【7】わが国が人口減少社会を生き抜くためには、日本というシステムの戦略的縮退(シュリンク)が必要であるという提言をしました。しかし同時に、私たちは「縮退」を受けいれることができない特質から、この実現は難しいであろう、という個人的見解も示しました。
以上です。
2015年8月ごろに、長女とこんな会話を行っていたことが、私のブログに残っていました。
長女:「選挙権が得られる年齢が"18歳以上"に引き下げられるでしょう?」
江端:「うん、多分、法案は成立すると思う」
長女:「これからは、政治のことを考えなければならないと思うと、身が引き締まる気がするよ」
江端:「それは、とても良いことだ。これからは『殺し合い』だな」
長女:「え?」
江端:「わが国の富は有限だ。これから老後を迎える私たちは、お前たち若者から『金を巻き上げて、安泰な老後を過ごす』ことだけを考えて動く」
長女:「……」
江端:「お前たちの世代から見れば、私たちは厄介なお荷物だ」
長女:「……」
江端:「私個人としては、お前たち若者の未来を、私のためだけに平気で食いつぶす予定だ。どんなにキレイ事をいっても、『教育、育児、少子化』と『高齢者福祉』はトレードオフだから」
長女:「……」
江端:「お前たち若者は、私たち老人予備軍を『本気で殺す気』で政治に関わらないと、明るい未来はないぞ。しかも、私たち、老人予備軍は『かなり強い』ぞ」
長女:「……」
江端:「では、戦争を始めようか」
―― と、私はキメ顔で言いました。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.