合理的な行動が待機児童問題を招く? 現代社会を映す負のループ:世界を「数字」で回してみよう(50) 働き方改革(9)(8/8 ページ)
今回のテーマは「子育て」、とりわけ、働き方と深く関わってくる、保育園の待機児童問題です。少し前に取り上げた「女性の活躍」と切っても切り離せず、かつ深刻を極めている問題なのですが、政府の対応がうまくいっておらず、また、実は“当事者意識”を持ちにくい問題となっていることが、数字から見えてきました。
恒例:後輩によるレビュー
後輩:「つまり、"待機児童問題"に対して興味があるのは『1万人中の3人のみの問題である』と、江端さんはおっしゃりたいわけですね」
江端:「いや、そういうことではない。この問題に直面している当事者の数を推計すると、そうなるということだ」
後輩:「江端さんのコラムは、いつ読んでも常に不愉快な気持ちになりますが、それを論理的に説明することは難しかったです。しかし、今回に限っては、この不愉快を明確に説明できます」
江端:「というと?」
後輩:「江端さん。あなた、数理最適化研究のプロですよね」
江端:「『数理最適化の研究で金を貰っている』という意味では、そうかな」
後輩:「しかも、ビッグデータ解析ツールを使い倒し、AI技術に関しても一定の知見があり、簡単な問題であれば、1時間程度で簡単なサンプルコードを作ってしまうんですよね」
江端:「問題にもよるけど、まあそこそこは。好きだし」
後輩:「それなら、なんで、0.03%程度の問題を解決する数理最適化手法を提案するこができないんですか!」
江端:「えーーー!! そこ?」
後輩:「江端さん。このコラムを江端さん以外の他の人が執筆しているのであれば、『ほう、よく調べたな』『課題をクリアにしたな』と褒めてもいいでしょう。しかし、江端さんは、最適化問題研究のプロじゃないですか。聞けば、最近は、社会システム研究の部署に異動されたとも聞いております」
江端:「いや、まあ、うん、その通りなんだが」
後輩:「ならば、この問題を解決する責務を負っているのは、世界中の他の誰でもなく、『あなた』でしょうが」
江端:「えーっと……」
後輩:「なに他人ごとのように、問題の分析をしているんですか。あなたには、ソリューション(解決策)を提案できる能力と環境があるんでしょう?」
江端:「いや、その理屈は一見正しそうに見えるが、暴論だ。私は研究員であって、政治家ではない。ガバナンスを発揮できる立場にはないんだよ……能力もないけど(ボソ)」
後輩:「江端さんは、人の心を操る技術 ―― マッチング理論とか、ゲーム理論とか、行動経済学にも精通していましたよね*)」
*)関連記事:「心を組み込まれた人工知能 〜人間の心理を数式化したマッチング技術」「陰湿な人工知能 〜「ハズレ」の中から「マシな奴」を選ぶ」
江端:「人聞きの悪いことを言うな。それらの理論のざっくりした仕組みを知っているだけだ」
後輩:「最近は、地元の町内会でも、『リーダーシップ』を発揮しているみたいじゃないですか……まあ、(コホン)、社内における江端さんの微妙な立ち位置は、さておき」
江端:「単なる『トラブルメーカー』だ。そしていらん気遣いをするな。逆に傷つくわ」
後輩:「いずれもしてもですね、江端さんは、この問題の中心に入って、自ら旗を振って、この問題を解決する能力と、環境と、資質を持っている当事者そのものなのですよ」
江端:「……そうかなぁ」
後輩:「従って、今回のこのコラムの不快な読後感は、この一言に尽きます
―― お前が言うな
です」
⇒「世界を「数字」で回してみよう」連載バックナンバー一覧
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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