NEC史上最年少で主席研究員になった天才がもたらした、起死回生のチャンス:イノベーションは日本を救うのか(27)(3/3 ページ)
1990年代、シリコンバレーでのコーポレートベンチャリング活動で、うまくいったとは言えないNEC。そこからは、コーポレートベンチャリングに対しては守りの経営が長く続いた。だが、NEC史上最年少で主席研究員となった、ある人物がそれを大きく変えようとしている。
「NECは変わる」というメッセージ
3つ目としては、「NECは変わる」というメッセージを、強く打ち出せることがある。
今回のカーブアウトには筆者自身、かなり驚いているのが正直なところだ。これだけAI(人工知能)が大きなトレンドとなっている今、AIに深く関わるデータ分析の部分は、それこそNECにとっては“ど真ん中”の注力技術である。それをカーブアウトするというのは、非常に思い切ったやり方だ。筆者が知っている数年前のNECでは、ほぼあり得ない話だっただろう。
この連載でも紹介した通り、NECは過去のコーポレートベンチャリングでその戦略的目標を達成したとはいえない。以降はすっかり守りの経営に入り、コーポレートベンチャリングの活動は敬遠していたというのが、筆者の印象である。
想像するに、そうは言ってもNECなりに、かなりの危機感を持っていたのではないか。起死回生を狙うNECにとって、ポテンシャルのあるデータ分析自動化技術をカーブアウトする案件は、絶対に“つぶしてはならない芽”だった。何とかして大輪を咲かせ、「NECも新しいことに取り組んでいる」と、世間や業界からの認識を新たにしたいのだろう。
守りの体制だった時代のNECを知っている筆者は、こうした動きを非常に好ましいと感じている。同時に、NECの1つのカルチャーとして育てていけるかどうかは、同社にとっての課題でもあるだろう。
シリコンバレーに新会社を設立
NECとしては、革新的な技術のカーブアウトをシステマチックに仕掛け、“第2の藤巻氏、第2のdotData”を輩出したいと考えているようだ。
実際にNECは、シリコンバレーのスタートアップエコシステムと連携し、新規事業開発を加速すべく、「NEC X(エヌイーシー エックス)」を2018年7月に設立。大企業勤務、スタートアップ社長、元大学教授という異色の経験を持つDr. PG MadhavanをCXO(Xはアクセラレータ)に迎えた。CEOに就任したのは、dotDataカーブアウトを強力にサポートした、ビジネスイノベーションユニット担当 執行役員の藤川修氏である。
ただし、日本発のベンチャーをシリコンバレーで育てるというのは、かなり難しいのも事実だ。また、研究所の技術を強みを生かした新事業開発やシリコンバレー・エコシステムの中でのオープンイノベーションによる新事業創造も一筋縄ではいかない、というのも、この連載で見てきたように、多くの日本企業にとって古くて新しい課題である。果敢に攻めつつ、そうした難しさを見抜く目や、それでも勝ち抜く粘り強さも期待して、同社の今後を見守っていきたいと思う。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー
Profile
石井正純(いしい まさずみ)
日本IBM、McKinsey & Companyを経て1985年に米国カリフォルニア州シリコンバレーに経営コンサルティング会AZCA, Inc.を設立、代表取締役に就任。ハイテク分野での日米企業の新規事業開拓支援やグローバル人材の育成を行っている。
AZCA, Inc.を主宰する一方、1987年よりベンチャーキャピタリストとしても活動。現在は特に日本企業の新事業創出のためのコーポレート・ベンチャーキャピタル設立と運営の支援に力を入れている。
2005年より静岡大学大学院客員教授。2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年より2012年までXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所(2007年会頭)、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。
2016年まで米国 ホワイトハウスでの有識者会議に数度にわたり招聘され、貿易協定・振興から気候変動などのさまざまな分野で、米国政策立案に向けた、民間からの意見および提言を積極的に行う。新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。
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