酸化物薄膜を高品質化、異常ホール効果を発見:起源となるワイル・ノード
理化学研究所(理研)と東京大学らの研究グループは、磁性半導体である「チタン酸ユーロピウム(EuTiO3)」の高品質な単結晶薄膜を作製し、異常ホール効果の値が、磁化によってさまざまな値となることを発見した。
ガスソースMBE技術で、薄膜の移動度が1桁向上
理化学研究所(理研)と東京大学らの研究グループは2018年7月、磁性半導体である「チタン酸ユーロピウム(EuTiO3)」の高品質な単結晶薄膜を作製し、異常ホール効果の値が、磁化によってさまざまな値となることを発見したと発表した。また、この起源が「ワイル・ノード」と呼ばれるバンド交差点であることも定量的に明らかとなった。
今回の研究は、理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関界面研究グループの高橋圭上級研究員、川粼雅司グループディレクター、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター、東京大学大学院工学系研究科の石塚大晃助教らが共同で行った。
高橋氏らは2008年、EuTiO3の内因性異常ホール効果について詳細に研究した。この時注目したのが、薄膜のひずみによってチタンの3d電子バンドが結晶場分裂してできるワイル・ノードである。電子濃度を制御しワイル・ノードとフェルミエネルギーの大小関係を逆転させたところ、異常ホール効果の符号が反転することが分かった。ただし、この振る舞いは高い磁場環境に限られていた。
研究グループは今回、面内に圧縮ひずみを加えたランタン(La)を添加したEuTiO3薄膜を、EuTiO3より格子定数の小さいLSAT基板上に作製した。ガスソース分子線エピタキシー(MBE)を用いて作製した薄膜の移動度は、これまでのパルスレーザー体積法を用いた場合に比べて1桁も向上したという。
作製したEuTiO3薄膜の異常ホール効果について、磁場依存性を測定した。今回はキャリア密度がn=1.4×1020cm-3と、n=2.5×1020cm-3のEuTiO3薄膜について調べた。通常の磁性体では異常ホール効果が磁化に比例するという。これに対し高品質薄膜の異常ホール効果は、磁化曲線から大きくずれる成分が発現した。キャリア密度が低いと増強され、キャリア密度が高いと抑制されることが分かった。
さらに研究グループは、磁化に比例しない成分の起源を理論的に調べた。圧縮ひずみにより結晶場分裂した2種類のバンドはそれぞれ、ゼロ磁場の反強磁性状態で、上向きスピンと下向きスピンが重なる。磁場を加えると、上向きスピンバンドと下向きスピンバンドの分裂(ゼーマン分裂)幅が大きくなった。磁化が飽和する3T以上では変化がなくなった。磁化過程中のゼーマン分裂により、ワイル・ノードと呼ばれるバンド交差点が8個生じた。このうち、最もエネルギーの低い交差点が、最高エネルギーのフェルミエネルギーに近づき、最終的にフェルミエネルギーより下に移動した。
こうしたワイル・ノードとフェルミエネルギーの位置関係によって、異常ホール効果の値と符号が変化する。つまり、ゼーマン分裂がわずかに変化しただけで、これまでの振る舞いからは予測できない性質が表れた。今回の異常ホール効果は、移動度の高い薄膜で初めて明らかになった現象だという。これまでのように移動度が小さく、電子が外因的な散乱を受けやすい場合には測定できないことも分かった。
今回の研究では、ガスソースMBEを用いて高品質の酸化物薄膜を作製することで、新しい異常ホール効果の発見に成功した。しかも、その起源がバンド交差点のワイル・ノードであることも定量的に示した。今後、ワイル・ノードに対するフェルミエネルギーの位置を電気的に制御することが可能となれば、スピンの向きがそろった電子の運動を左右に振り分ける新しいスピントロニクス機能のデバイス実証ができるとみている。
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