磁力の弱いナノ薄膜磁石を磁気のない金属から作製:高集積MRAM実現に向けて
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)の鈴木和也助教と水上成美教授らの研究グループは2018年12月、磁気のない金属からナノ薄膜磁石(マンガンナノ薄膜磁石)を作ることに成功したと発表した。高集積MRAM(磁気抵抗メモリ)を実現するための材料開発に新たな視点を与える研究成果だとする。
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)の鈴木和也助教と水上成美教授らの研究グループ*)は2018年12月、磁気のない金属からナノ薄膜磁石(マンガンナノ薄膜磁石)を作ることに成功したと発表した。高集積MRAM(磁気抵抗メモリ)を実現するための材料開発に新たな視点を与える研究成果だとする。
*)東北大学金属材料研究所附属強磁場超伝導材料研究センター木村尚次郎准教授および、産業技術総合研究所スピントロニクス研究センター久保田均総括研究主幹との共同研究
大容量の高集積MRAMを実現するための技術的課題の一つとして、MRAMの情報記録の源である薄膜磁石の磁力を低減することが挙げられる。高集積化が進むと、ナノ薄膜磁石の発する磁力によって素子同士に干渉が起き、誤動作することが予想されるためだ。現行のMRAMでは鉄を主成分とする材料が用いられ、その強い磁力を抑えるさまざまな試みが行われてきた。
反強磁性体を用いる
鈴木助教らの研究グループは今回、磁気のない磁石のような物質である反強磁性体を用いる手法で、磁力の弱い薄膜磁石の実現を模索した。
開発したマンガンナノ薄膜磁石の磁気の強さと加えた磁場の関係(磁化曲線)。鉄の磁気の強さは約1700 kA/m であり、それと比較すると磁気の強さが約70分の1であることが分かる (クリックで拡大) 出典:東北大学
その中で研究グループは、数原子層の純マンガンを規則合金(常磁性体)下地の上に真空スパッタリング法によって堆積し、酸化マグネシウムで挟み込んだ素子構造を作製。界面に挟み込まれたマンガン層が、微弱な磁気を発するナノ薄膜磁石へと変化することを確認。その磁気の強さは、強磁性体である鉄の約70分の1になることが分かったという。研究グループでは「マンガンが界面に挟み込まれることでフェリ磁性体に変化したことに起因すると考えられる。磁気が微弱であるにも関わらず、その素子は明瞭なTMR効果を室温で発現することが明らかになった」とする。
左=開発した素子構造の断面を高分解能の透過型電子顕微鏡で観察した写真。上からCoFeB(コバルト鉄ホウ素)金属層、MgO(酸化マグネシウム)層、Mn(マンガン)層、CoGa(コバルトガリウム常磁性体)下地層 / 右=写真中の像の明るさと積層方向の関係。明るさが各層毎で変化し振動している。この振動は原子が規則的に配列した結晶構造を示すもので、マンガンの原子が4〜5個配列したナノ結晶層が確認できる。 (クリックで拡大) 出典:東北大学
垂直磁気異方性は磁場換算で19テスラ超
また、マンガンナノ薄膜磁石の磁気を保持する力(垂直磁気異方性)は磁場に換算すると19テスラを超えるほどに大きいこと、加えて、その磁気を保持する力が素子に電圧を加えることで制御できることも見いだした。「電圧印加による垂直磁気異方性の変調効果は、鉄などの強い磁気を示す物質で観測されこれまで多くの研究報告があるが、磁気をほとんど示さないマンガン金属単体で観測された例はない」(研究グループ)とする。
左=作製した素子の電気抵抗と外部から加えた磁場の関係。素子の面直方向に磁場を加えた場合にはヒステリシスを示すが(赤い線)、素子の面内方向に磁場を加えた場合には9テスラでも抵抗の変化が飽和しない(青い線)。「素子の電気抵抗は、19テスラ加えても飽和しないことが他の実験から分かっており、磁気を保持する力(垂直磁気異方性)が磁場に換算すると非常に大きいことが示唆される」(研究グループ) / 右=磁気を保持する力(垂直磁気異方性)をエネルギーとして表したものと素子に加えた電圧の関係。素子に電圧を加えることで、磁気を保持する力(垂直磁気異方性)が弱まり、磁気の方向が傾きやすくなることを示している(測定温度:室温) (クリックで拡大) 出典:東北大学
今回の研究成果について研究グループでは、「本来磁気を示さない金属元素を用いてメモリ用のナノ薄膜磁石を創出するという新しい材料設計コンセプトを実証したもの。したがって本研究は、これからのメモリ用の材料開発手法に新しい視点を与えると同時に、材料科学的観点からも意義のあるものと言える」としている。
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