電力供給なしでトランジスタの電流を増幅:アスピレーターの原理を応用
静岡大学電子工学研究所/創造科学技術大学院の小野行徳教授らは、NTTや北海道大学の研究グループと共同で、電力供給なしにトランジスタの電流を増幅させることに成功した。
ナノメートルスケールのTrで「電子流体」を実現
静岡大学電子工学研究所/創造科学技術大学院の小野行徳教授らは2018年12月、NTTの藤原聡上席特別研究員や北海道大学の高橋庸夫教授らによる研究グループと共同で、電力供給なしにトランジスターの電流を増幅させることに成功したと発表した。
コンピュータの演算性能をさらに高めるため、さまざまな研究が行われている。その1つが、少ない電力でトランジスタの電流を増幅させることである。共同研究グループは今回、ノズルから高圧で水や空気を噴出させる「アスピレーター」の原理をトランジスタに応用。8K(−265.15℃)の温度環境で、付加的な電力を供給しなくても、トランジスタの入力電流を増幅させることに成功した。
実験に用いたデバイスは、トランジスタの入力端子と出力端子とは別に、電流導入用の付加端子を設けた構造の素子をシリコン基板上に作製している。研究グループはこの「エレクトロンアスピレーター」を用い、出力端子と電流導入端子を接地した状態で出力端子の電流を計測した。
この結果、入力端子の電位が小さい場合は、通常のように入射電子は出力端子と付加端子に分岐して流れた。しかし、入力端子の電位が大きくなると電子が逆流し、入力電流に付加端子の電流が足されて、出力電流は増幅されることが分かった。
物質中の電子は、電位の高い方から低い方へと移動することで電流が生じ、同じ電位間では流れないのが一般的である。しかし、電子同士の衝突頻度が極めて高い状況では、電子が水などの流体のような振る舞いを示すという。「電子流体」と呼ばれるこの振る舞いは、ガリウムヒ素(GaAs)など一部の物質において、マイクロメートルレベル以上のスケールで観測されていた。
今回の実験では、約90nmサイズのトランジスタで電子流体を実現し、接地した付加端子から電流を発生させることに成功した。研究グループは、製造プロセスのさらなる微細化により動作温度の向上を目指す。実用化に向けては、室温動作を実現する予定である。
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