米中貿易摩擦は自暴自棄、長続きはしない:大山聡の業界スコープ(14)(2/2 ページ)
昨今の米中貿易摩擦に関する展開を見ていると、半導体/エレクトロニクス業界への影響が無視できなくなってきた。この問題がどこまでエスカレートするのか、どんなことに留意すべきか。現状を整理しながら、米中貿易摩擦の落ち着きどころについて考えてみたい。
日米貿易摩擦でも空振りに終わった関税処置
そもそものキッカケとなった関税措置の原案は、「米国企業に対し、中国企業への技術、知財の移転を強要する中国の政策に対応するのが目的だ」とトランプ氏はコメントしていた。だが、こんな関税措置でこの目的が達成されるとは到底思えない。古い例で恐縮だが、かつて米国は日本からのPC輸入を制限する目的で、100%の関税を課していた。当時、米国向けPCで最大の実績を誇っていた東芝は、関税が課せられた後も青梅工場でのPC生産を従来通り継続し、最後にMPUだけ抜き取って米国向けに出荷していた。MPUのないPCはPCではないので、100%関税を課せられない。MPUなしのPCは東芝アーバイン工場が受け取り、ここでMPUを装着して出荷する、という作業が行われていたのだ。当時は米国内でのPC生産を活性化させたい一心で100%関税、などという保護貿易を行っていたが、実際には効果が現れず、今ではHPやDellも生産を中国に委託している。
不可解な関税対象も
今回はPCや携帯電話機が関税措置の対象から外されているが、テレビが対象になっているのは不可解だ。米国企業は軒並み、1990年代までにテレビの生産から撤退している。2002年に創業したVIZIOは例外だが、同社はファブレス企業で、2016年には中国のLeEcoに買収された。結局、米国内でテレビを生産している企業は1社もなく、輸入品に関税障壁を設けたところで恩恵を受ける企業は存在しないだろう。米国の消費者が割高なテレビを買わされるだけのことではないだろうか。
電子部品に関税をかけることに至っては、さらに理解できない。電子機器の生産に欠かせない電子部品に関税をかければ、米国内での機器生産コストがこれまで以上に割高になり、コスト競争力の低下に拍車がかかるだろう。そもそもトランプ政権は、米国内に製造業を回帰させたくてさまざまな政策を打ち出しているはずであり、電子部品の輸入制限はそれと矛盾するようにしか見えない。
自動車については、EV(電気自動車)で中国に攻勢をかけられる前に関税障壁を作っておきたい、というのがトランプ政権の本音だろう。この分野では米企業のTeslaが健闘しているが、EV市場そのものは中国が世界市場の過半を占めており、中国国内での生産がすでに活性化している。次世代通信技術の5G(第5世代移動通信)と同様、米国にとって中国の技術力が脅威に感じられるのだろう。筆者としては、このような保護貿易を容認したくないのが本音だが、EVと5Gに関しては関税障壁を作りたくなる気持ちが(他の事例に比べれば)何となく理解できる。
恩恵を受ける人は皆無
かつてこの連載でも主張させていただいたが、経済圏は「G(グローバル)の世界」と「L(ローカル)の世界」に類別される。Gの世界はグローバル経済圏で競争が行われ、大企業同士が規模やコストを競い合う。PC、携帯電話機、テレビなどの民生機器市場はこの代表的な例であり、世界市場に向けて同一の製品が大量に出荷される。どこで生産されたのか、あるいは出荷先の地域にニーズを合わせて、といったことは重要視されず、生産コストが割安な中国や東南アジア地域でこれらの電子機器が大量に生産されるのが通常である。
これに対してLの世界は、特定の地域を意識した世界で、産地を重要視する農林水産業や、その地域でないと実現できないサービス業などがこれに当てはまる。生産地あるいは消費地に、地域の特長が現れるのがLの世界である。
トランプ政権が行おうとしているのは、Gの世界を無理やりLの世界に押し込もうとする行為であり、被害者が続出する一方で恩恵を受ける人は皆無と言ってよいだろう。事実、さまざまな経済統計や株式市場からはネガティブな数字が多く発表されており、発起人であるトランプ大統領が守りたかった農業従事者にも悪影響が出る始末である。日系企業も、米国向けの生産拠点を中国外に移す動きが出始めた。筆者も含めて、この自暴自棄な関税措置は長続きしない、と考える人は多いようで、大手企業各社のコメントを見る限り、いつでも元の状態に戻せるような対策を講じているようだ。
ただ、目が離せない状況であることに変わりはない。政治的なコメントは本意ではないが、経済界への影響が無視できない以上、注視し続ける必要がありそうだ。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現IHS Markit Technology)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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