リカレント教育とは、“キャリア放棄時代”で生き残るための「指南書」であるべきだ:世界を「数字」で回してみよう(60) 働き方改革(19)(5/9 ページ)
前回に続き、働き方改革から「リカレント教育」を取り上げます。現在のリカレント教育は「エリートによる、エリートのためのもの」という感が否めません。本当のリカレント教育とは、“キャリア放棄時代”を生き抜くための対抗策であるべきだと思うのです。
リカレント教育に決定的に欠けていることとは
次に、現在のリカレント教育の考え方に決定的に欠けていること ―― 「時間」についてお話したいと思います。
世の中には、いろいろな資格を取得することを趣味とする、いわゆる「資格マニア」という人がいますが、これらの人は「特別な高度スキルを持つ人材」として社会では認識されません(むしろ不利に働くことすらある)*)。
*)資格マニアの人もその事実はよく知っていて、彼らは、資格を「取得」することそのものを楽しんでいるだけです。
教育(リカレント教育を含む)は、その教育を履修しただけでは何の役にも立ちません。
教育プロセスで得られた技(スキル)は、仕事の現場で(しかも『複数の』『異なる』『たくさんの』現場で)利用して、解決した案件の実績が積み重なり、第三者から社会的に信用を得た時に、初めて「キャリア」として具体化します。
つまり、この「キャリア」には、さらにその前提として「時間」が必要であるということです。時間をかけずにキャリアを重ねることは、物理的に不可能です。
この中でもリカレント教育によって作られるキャリアは、
リカレント教育によって得たスキル × そのスキルを使った時間(場数)
となります。
リカレント教育は、「(A)リカレント教育の時間」に加えて、「(B)リカレント教育によって得られたスキルを利用する時間」の、(A)(B)2つの「時間」が担保された時、始めて有効性が発揮されるものなのです。
リカレント教育の履修直後では、当然に”時間ゼロ”であり、それ故、キャリアも"レベル0"の状態です。
この「時間」とは、「本人のやる気」とか「能力」とか「才能」とかとは一切関係のない、定量的なリソースです。
ところが、政府資料や、多くの社会人大学のパンフレットの中で描かれるリカレント教育には、この「時間の確保」についての視点が ――本当に忘れているのか、忘れたフリをしているのかは不明ですが ―― 出てこないのです。
働き方改革の実行計画書に登場する「学習」の対象者の全員が、キャリアの"レベル0"から始めなければならないという、冷酷な現実があります。
ですが、「働き方改革実行計画」に記載されている、以下の8つの対象者は、そもそも、その職務形態上、この「時間」の確保が絶望的に難しい人たちです。
そもそも、学習を受けるためには、一定期間休職して勉学に集中できる程度の時間と蓄えがある人が前提となります。そして ―― これがとても重大なのですが ―― その期間中にはキャリアが「停止」しますし、下手するとこれまでのキャリアが「リセット(無効)」される恐れすらあります。
つまり、これまでのキャリアが『なかったもの』になるということです。
派遣労働や非正規労働で働いている人にとっては、「リセット」は日常ですし、就職氷河期の正規労働のチャンスを得られなかった人は、そもそもキャリアを形成する機会すら与えられていません。
女性は、”女性だけが”、子育て離職を一方的に強要されることで、キャリアが「停止」し、子育て後に、そのキャリアを復活できるような職種を得られないことで、キャリアの「リセット」を余儀なくされる ―― そんな事例は枚挙にいとまがありません。
また若者は「収入に直結する実学」を学んでいません。まだ、就労経験がないのですから、そのような学習を前提とすることができません。若者の教育は、入社後のOJTを前提としているからです。
外国人労働者(特に、特定技能1号、2号)は、逆に「収入に直結する実学」が前提の試験をパスしなければなりませんが、後発的に職種を変更することができませんし、日本への定住が許されていませんので、キャリアうんぬん以前の問題です(関連記事:「外国人就労拡大で際立つ日本の「ブラック国家ぶり」)。
加えて、「(B)教育によって得られたスキルを利用する時間」の確保が可能かどうかは、ほとんど「運まかせ」という可能性もあります。もちろん、再就職の際に、自分の希望する仕事の内容については面接などで雇用者と詰めていくことはできるでしょうが、その方向性が完全に一致することは「夢物語」といっても良いでしょう。
また、雇用者側から見れば、リカレント教育のプロセスで得られた「卒業証書」や「資格証明書」は、実務とは無関係なただの信号(シグナリング)にすぎません(関連記事:「心を組み込まれた人工知能 〜人間の心理を数式化したマッチング技術」)。雇用者としては、『実務能力などの経験値アップは、ウチではない別の会社でやってきてから、ウチに来て欲しい』と言うのが偽らざる本音です。
このように、リカレント教育は、シグナリングくらいにはなっているかもしれませんが、現状の働き方改革のパレート最適を解消する程の素晴らしいWin-Winな仕組みにはなっていないのです。
働き方改革における「リカレント教育」とは、“政府からはちょっとした補助金が出る”くらいのことしか記載されていません。
以上より、現在のリカレント教育とは、
- 個人の能力を前提とした上での夥(おびただ)しい個人の努力
- 長時間、長期間の労働による実務経験の蓄積
そして
- 自分の生活や家族の犠牲
の上に、辛うじて成立する「ひとりぼっちの戦争」なのです。
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