検索
連載

長時間労働=美徳の時代は終わる 〜「働き方改革」はパラダイムシフトとなり得るのか世界を「数字」で回してみよう(61) 働き方改革(20) 最終回(5/9 ページ)

20回にわたり続けてきた「働き方改革」シリーズも、今回で最終回を迎えました。連載中、私はずっと、「働き方改革」の方向性の妥当性は認めつつ、「この問題の解決はそれほど簡単なことではない」という反骨精神にも似た気持ちの下、それを証明すべく数字を回してきました。これは“政策に対する、たった1人の嫌がらせ”とも言えます。そして最終回でも、この精神を貫き、“たった1人の最後の嫌がらせ”をさせていただこうと思っています。

Share
Tweet
LINE
Hatena

売れ続けるアイドルになれる確率

 さて、「職業に貴賤なし」は事実ですし、我が国は「職業選択の自由」が保証されている国家です。誰が何を目指そうとも、他人はとやかく言うべきではありませんし、他人からとやかく言われることでもありません。

 しかし、日本国国民の一人としては、政府に対して、安全で平和な国家の運営を期待します。戦争放棄を唄う憲法の順守はもちろんとして、安定した財政 ―― 税収の安定的な確保と、社会保障費用の削減 ―― を目指して頂きたいと願っています。

 今の働き方改革に欠けているものがあるとすれば、私は、若い世代に対する将来を見据えたライフプラン教育にある、と思うのです。

 はっきりと言えば「(無謀な)将来の夢に対する実現性の数値化」―― これこそが重要ではないか、と思うのです。



 私はずっと前から、「自己実現」という言葉に対して、大きな不信感を持っています。

 『私たちの多くは「やりたいこと」など持っていない。与えられた条件の中で「やれることをやるだけ」である*1)』と言い続けてきましたし、『ティーンエージャーの皆さんは、「好きなことをやりなさい」という無責任な大人の言葉を信じてはいけません』と注意喚起をし続けてきました*2)

*1)著者のブログ、*2)著者のブログ

 私たちのほとんどは「好きなこと」を知りませんし、そして、私たち大人のほとんどは「好きなこと」を仕事にしているわけでもありません。

 『仕方なく(仕事だから)やり始めた』→『そして、なんとかできるようになった』→『それ意外の仕事を覚えるのが面倒くさくなった』というプロセスを、「好きなこと」と読み替えているだけ(あるいは、それに気がついていないだけ)だけのことなのです。

 「やりたいこと」があるという"強み"は、その「やりたいこと」に対する客観性の欠如との表裏一体の関係にあり、それ自体が大きな"弱み"になるのです。

 今回、この「将来の夢に対する実現性の数値化」の例として挙げるのは、「アイドル」と「お笑い芸人」です。

 調べてみたところ、全てのティーンエージャーがアイドルに憧れている訳ではないようです(当たり前だ)。あるアイドルグループに関するデータによる試算結果では、そのアイドルを目指して行動をおこす若者は、0.38%、つまり1000人中4人弱程度です。1000人中996人は、最初から将来の職業としてのアイドルを「除外」しているのです。

 1000人中の4人程度であれば、日本の国益(税収)には大きな影響はないかもしれません。

 しかし、このコラムを読んでもらっている保護者のお子さんが「アイドルになりたい」と言ってきた時に、お子さんに対して、「その覚悟」を問いただすツールとしては、役に立つかもしれませんので、今回の計算結果を以下に記載します。

 これは、比較的データが集めやすかった、AKBというアイドルのグループ(以下、AKBと略す)を例にして試算をしたものです。

 AKBのオーディションに応募する人数は、年間1万5千人です。これは応募資格を有する年齢の女性391.1万人の0.38%に過ぎません。しかし、問題はここからです。

 1万5000人からオーディションで選ばれる人数は約20人で、確率0.13%です。偏差値でいうと80.0に相当します。これは大学受験の最高学府の入学偏差値と同じです(最も緩い予備校のデータを使いましたので、基本的には、AKBのオーディションはそれ以上に難しいはずです)。

 さらに、オーディションを通過するだけではアイドルになれる訳ではありません。テレビなどのメディアに露出できるようになるために必要となる偏差値は83.0を超えます。もはや、我が国の大学受験のレベルでは比較できない程の難易度になっています。

 加えて、アイドルはその生存期間が短いです(長くて5年)。5年以上芸能界に残って活動ができている人間の数は、さらに小さくなります。ざっくり0.01%、1万人に1人というレベルになります。

 この確率は、確かに小さいですが、それでも、「年末ジャンボ宝くじ」4等5万円くらいの可能性はあるわけです。

 ならば、宝くじを買う程度の覚悟で挑戦してみるのも、人生だ ――とも言えそうにも思えます(実際、そういう論調で、若者をけしかけるコンテンツは山ほど見つかります)。

 しかし、宝くじで失うのは「お金」だけです(しかも1枚300円と安い)。比して、AKBを目指して失うものは、その目指している間の貴重な時間とお金、そして、(目的の成否にかかわらず)AKBの後の人生です。

 ざっくりまとめてみますと、

■努力が報われる余地の小さい、才能最優先の世界で、

■基本スペック(学校教育)を習得する機会を奪われ、

■活躍できる期間が長くて5年程度で、

■本人の外側だけでキャッシュフローが回るシステム(いわゆる「搾取」)の中に組み込まれ、(手取りの)収入は恐しく低く、

■引退後に社会に受け入れられにくい(基本スペックが乏しいから)

 そして、決定的なのは、アイドルを推奨しているのが、アイドルの周辺の組織(事務所、エージェント)だけである、という点にあります。

 アイドルを目指す動機付けが、自己実現でも、自己承認欲求でも、何でも構いません。ただ、どんな仕事であれ、基本的には誰かから搾取され、その代わりに誰かを搾取するという関係で成立しているものです。

 アイドルというのは、搾取される方向一択であり、費された人生に対する対価は回収困難(というか『できない』)という覚悟を問われる生き方であり ―― バランスが悪すぎる ―― ということを、あらかじめ、子ども達に認識させておくことは、大人の仕事であると思っています。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る