長時間労働=美徳の時代は終わる 〜「働き方改革」はパラダイムシフトとなり得るのか:世界を「数字」で回してみよう(61) 働き方改革(20) 最終回(6/9 ページ)
20回にわたり続けてきた「働き方改革」シリーズも、今回で最終回を迎えました。連載中、私はずっと、「働き方改革」の方向性の妥当性は認めつつ、「この問題の解決はそれほど簡単なことではない」という反骨精神にも似た気持ちの下、それを証明すべく数字を回してきました。これは“政策に対する、たった1人の嫌がらせ”とも言えます。そして最終回でも、この精神を貫き、“たった1人の最後の嫌がらせ”をさせていただこうと思っています。
売れ続けるお笑い芸人になれる確率は?
これと同じことが、いわゆるお笑い芸人を目指している人にも言えます。
結論から言うと、お笑い芸人として一生食べていける確率は8000分の1です。
これも上記のAKBと同じアプローチの計算を行ったものですが、検証データが少なかったので、江端の主観を、そのまま数値に落し込んだものになっています ―― ですが、それほど外れてはいないと思っています。
なぜなら、上記のAKBのオーディションの応募から芸能界で生き残る確率を、下6桁くらいまで正確に計算したら7692分の1となったからです。偶然にしては、かなりでき過ぎていると思いました。
近年の「お笑い」の商業的価値(テレビ以外にも、介護施設、更生施設、教育現場、さらには、管理職講習にまで進出)が見直されて、今、お笑いビジネスは空前絶後のブームの状況にあります。
昔は、お笑い芸人になるには、師匠を決めて弟子入りするのが一般的だったようですが、今は、お笑い芸人育成所の入所から始まるケースがほとんどのようです。
私の試算では、約年間4000人が入所しています。年間の授業料を80万円として、約32億円の市場規模です ―― 彼らが、芸人として育たなくても、この育成所ビジネスは、それだけで十分に「おいしい」のです。
なぜなら、この4000人の半分は、半年以内で自主的に退学していき、さらに、実際にテレビメディアに出られる人数は年間50人程度 ―― 1.25%です。
もっとも、卒業後に直ちにデビューできる訳ではなく、地方巡業の前座などの営業などの下積み期間も考慮する必要がありますが、それでも、司法試験よりも狭き門であることは間違いありません。
多くの若手芸人は、早くて半年、長くても3年以内にメディアから消えていき、そして、私たちも忘れます。10年以上も活躍しているお笑い芸人は、数えるほどしかいません。
私は、10年以上で生き延び続ける芸人を、ざっくり0.5人/年と推定しました(推定理由は上記の図中に記載しておきました)。こうして私が導き出した、「お笑い芸人として一生食べていける確率」が、"8000分の1"です。
8000分の1を目指す人生は、きっと輝いていると思います。しかし、7999/8000の人生のことも考えて生きる必要があることも「働き方改革」には加えてもらいたいと思うのです。
さて、前述した通り「働き方改革」は、政府から私達に対する「考え方を変えろ」「やり方を変えろ」という命令で、この実行力が労働法(例えば、労働基準法)です。
以下に、この労働基準法が及ばない「契約」を列挙してみました。
労働基準法は、使用者の命令(業務命令)を受け、その命令に応じた労働を提供し、対価を得る関係にあるものであれば、契約書があろうがなかろうが、問答無用で強制的に適用されます。
さらに、労働基準法の内容を下回る私的契約の効力は、ことごとく無効にされるという最強クラスの法律です。
ところが、それ故「業務命令」ではなく「依頼」という形で仕事を引受ける、または、断わることができる4つの契約形態があります。この契約には、労働基準法の適用がありません ―― 労使関係ではなく、対等の立場で取り交わされる契約だからです。
さて、最近、いわゆる「お笑い芸人による闇営業」が社会問題となりました。ここでは詳細に書きませんが、雇用形態を上の表に照らし合わせて考えるなら、吉本興業(以下、吉本)は、芸人との間で「独占的な準委任契約」を行っていると解釈するのが妥当なようです。
これは、「他のプロダクションとは契約しないことを条件として、仕事を紹介し、芸人のスケジュール管理などのマネジメントサービスを提供する」という契約です。
準委任契約は、芸人にとってもメリットがあります。例えば、会場を設定して、一定の集客が集められずに、吉本に損害が発生したとしても、芸人には、その損害賠償の責任が発生しません。
もちろん、これはデメリットと表裏一体です。もし芸人の芸によって利益が発生した場合であっても、利益の算出(考え方)は、吉本に握られています。芸人は常に弱い立場にあるのです。
準委任契約は、非独占的でなければその意義を失ってしまうものです。そのようなことに抗議する芸人は、真っ先に干されてしますます。つまり、契約が、その当初の目的の意味を成さないのです。
芸能の世界は、このようなリーガルマインドはもちろん、テレビなどのメディアを見ているだけでも『パワハラやセクハラなどに関するコンプライアンスの感度が、恐しく低い』ことが見て取れます。
つまり、現行の「働き方改革」は、このような「働き方改革を進めるにあたって、最優先に保護しなければならない人」に全く手が届いていないのです ―― 労働基準法の届かないところで、「契約自由の原則」が乱用され続けているからです。
以上、「働き方改革の外側にいる人々」についての実体調査と、それに基づく、私の見解を述べさせて頂きました。
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