誰がために「介護IT」はある?:江端さんのDIY奮闘記 介護地獄に安らぎを与える“自力救済的IT”の作り方(1)(4/7 ページ)
今回から、「介護のIT化(介護IT)」をテーマにした新しい連載を始めます。人材不足が最も深刻な分野の一つでありながら、効率化に役立つ(はずの)IT化が最も進まない介護の世界。私の実体験をベースに、介護ITの“闇”に迫ってみたいと思います。
もしもココセコムがなかったら
さて、ここから、一つの仮説に基づく、思考実験を試みてみたいと思います。仮説は「もし、ココセコムと、実家の近くに婚家にいて運転ができる姉と、Web画面から適切な指示を出せる私からなる『システム』がなかったら、どうなっていただろうか?」です。
この思考実験の結果を、最も楽観的なものから、最悪のものまで羅列してみました。
一言で言えば、「父が死傷するということ」は、「父が人殺しになる」ことに比べたら、小さなことである、ということです。
高齢者の交通事故の恐しさは、本人に1mmの悪意もなく、高齢特有の能力の喪失によって、異常な運転を行い、そして、1mmも非のない人を殺傷することにあります。
加えていえば、そもそも人命を回復する手段などなく、高齢者の多くは別の手段(金銭的)で補償する財力もありません(自動車保険に入っていれば、補償額の上限が限界)。
ところで ―― よく、殺人事件の犯人に関する民事訴訟(×刑事訴訟)において、『被害者遺族に、7000万円を払え』とか言う判決が出ています。
多くの人が「犯人」が「7000万円」払っていると思っているかもしれませんが、殺人事件を起こすような人間が、そんな財産を持っている訳がありません。
ではどうなるか。
民事訴訟で判決が出ても強制力はなく、基本的に被告に支払い能力がなければ、回収はできません。財産強制執行で差し押さえは可能ですが、被告に財産がなければ回収はできませんし、大抵の場合、被告には財産がありません。
「7000万円」どころか、「7000円」だって怪しいものです。
殺された被害者はもちろん、残された遺族への補償の可能性は低いと思います。
現行の法制度や国家賠償制度の範囲内での、被害や損害の賠償は100%からは程遠い状況です*)。
*)犯罪被害者給付制度(参考)の対象は「犯罪」です。
当然、本人以外(家族)に請求することもできません。もし、今回の事件で、父が人を殺傷する事故を起して、損害賠償を請求された場合 ―― 申し訳ないとは思いますが ―― 私は、父の死後の遺産相続(負の遺産(借金))を、全て放棄したと思います。
私にも守るべき家族があります。父の為に、私の家族を不幸にすることはできません。
結局、殺人であれ、事故であれ、『殺され損』なのです。
高齢者の運転をやめさせる「手段」がない
さて、最近、高齢運転者による死亡事故が ―― いや、はっきり言いましょう、「高齢運転者による、殺傷事件」が頻発しています。
本人が今まで経験したことがない事態に直面すると、パニック状態となり適切な危険回避行動をとれなくなります。特にブレーキとアクセルの踏み間違え事故が多発しています。
また、加齢による身体感覚やバランス感覚の低下に起因の他、心疾患、脳血管疾患、てんかん、失神、消化器疾患、めまいなども原因と見られることがあります。
これらの「高齢運転者による殺傷事件」に対して、事件の加害者を責めるのは簡単です。そして、『なぜ、高齢者の運転を止めさせないのだ』という意見が山ほど見られます。
『なぜ、高齢者の運転をやめさせないのだ』の疑問の答えは簡単です。
―― 高齢者の運転をやめさせる手段がないから
です。
上記の表について、全てを読んで頂きたいです。面倒くさくても、赤字の部分だけでも読んで下さい。
私たち姉弟は、以前から、可能であれば父の運転を止めたかったのですが、事故が起きていない限り、事故は起きていないのです。事故を起こしていない人に、運転を止めさせる方法があるなら、誰でもいいから教えて下さい。
権力装置である行政も司法も何もできないのに、なんの権力もない家族が、法上の権利能力を有する成人(老親)の行動を制限できるわけがありません。
そして、実際のところ老親の自動車を奪った後の、彼らの日常生活を、一体誰が担保してくれるのかについてのメドも立ちません。
今回、私たち姉弟が、父の車を没収するという「暴力」を発動したのは、姉弟がその恐怖をリアルタイムで共有することができたからです。もし、今回のようなリアルタイム追跡をしていなかったら、この「暴力」の発動はできなかったかもしれません。
(ありえない話とは思いますが)例えば、もし父が、私たち姉弟の「暴力」に対して、車を返還する訴訟(現状回復の訴訟)を起こされたら、父の勝訴は確定的です。事故を起こす前の父には、何の落ち度もないのですから。
現状、高齢者については、認知機能検査と高齢者講習(75歳以上の方の免許更新[参考])がありますが、あれは、有効に機能していません。実際に私たち姉弟が、どれほど父の免許失効を望み、そして、更新が認められてしまった後、どれほどガッカリしたかしれません。
私の提案は、「国民全員の70歳強制免許失効」の立法化です。
もちろん、免許失効後に、再度、自動車学校に入学、卒業試験、筆記試験を経て、免許を再取得することはできます(このコストは、国が負担してもいいかもしれません)。10年単位で免許失効、再公布をさせ続けます。目的は「路上試験をパスする能力」の実証です。
自分で言っておきながらなんですが、「不愉快な提案」だと思います。
高齢者を露骨に差別し、見下し、自由を奪い、権利を制限する社会です。そして、私たち全員が、例外なくその対象となります。
それでも、私たちは、どちらかを選ばなければなりません。
(1)高齢者運転という概念を完全に消失させる社会
(2)高齢者が運転してくる自動車が歩道に突っ込んでくる日常を前提とする社会
あなたは(1)(2)のどちらがいいと思いますか?*)
*)実は、3つめの選択もあります(著者のブログ)が、現時点ではメドが立っていません(特に国内では)。
では、ここで一度、私の疑問を、総括してみたいと思います。
―― 今回の事件や、このようなシステム(ココセコム)は、一体、"誰のため"に、"何のため"にあったのだろうか?
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