誰がために「介護IT」はある?:江端さんのDIY奮闘記 介護地獄に安らぎを与える“自力救済的IT”の作り方(1)(5/7 ページ)
今回から、「介護のIT化(介護IT)」をテーマにした新しい連載を始めます。人材不足が最も深刻な分野の一つでありながら、効率化に役立つ(はずの)IT化が最も進まない介護の世界。私の実体験をベースに、介護ITの“闇”に迫ってみたいと思います。
「介護IT」は、そもそも奇妙な言葉である
こんにちは、江端智一です。(ここまで来て、ようやくご挨拶です)
今月から、「介護IT」をテーマに短期の連載を担当させて頂きます。冒頭の内容から明らかなように、私は「エンジニア」という職種で得られた「技」を使って、これまで実家に住んでいる父や母に対して、いろいろなことをやってきました。
本連載では、その中でも特に、IT(Information Technology:情報技術)に関することに関して、ノウハウを公開したり、これまで考えてきたりしたことを、お話させて頂きたいと考えております。
ちなみに、私の「介護」に関する見解は、
「高齢者介護 〜医療の進歩の代償なのか」
「介護サービス市場を正しく理解するための“悪魔の計算”」
「口に出せない介護問題の真実 〜「働き方改革」の問題点とは何なのか
に、力一杯記載してありますので、興味のある方は御一読下さい。気持ちがめいる、胃のもたれるような重い話ですが。
とはいえ、「介護IT」と名前のつく連載を始める以上、「介護IT」とは何かを調べておく必要があるだろうなぁ、と考えて、ネットで調べ始めたのですが ―― いきなり躓(つまづ)いてしまいました。
「介護IT」とは、そもそも「奇妙な言葉」なのです。
では、その経緯を、順を追って説明します。
まず、"介護IT"の具体例をネットの情報から集めてみました。おおむね、以下の4分野(「見守り」「追跡」「イベント通知」「会話」)に分類されそうです。
特に、「見守り」と「追跡」に関しては、一人ぐらしの(またはカップルの)高齢者対応として、常に一定の社会ニーズと、民間または地方自治体によるサービス提供の事例が多いです。
「イベント通知」に関しては、介護施設や病院などでの活用があり、また「会話」に関しては、近年の音声認識技術の向上*)によって、各種の製品やサービスも登場してきているようです。
*)関連記事:「開き直る人工知能 〜 「完璧さ」を捨てた故に進歩した稀有な技術」
―― と、まあ、普通の記者やライターなら、これらの介護ITについての紹介で終わるところでしょうが、私、ITについてはプロの研究員です。これらの「介護IT」と呼ばれているものについては、その技術は勿論、その市場規模についてもかなり詳細に調べています。
結論から言うと、上記の表に登場するような「介護IT」というものが、介護サービスとしてに上手くいっているとは言えません。
上手くいかない理由は、上の表にの右欄に記載しておきましたが、結果だけ申し上げれば ―― 被介護者(介護を必要とする人)に、何かをさせる(準備させる、持たせる、装着させる、操作させる)ことを前提としているからです。
介護のあるべき姿とは、現状の生活から1mmも変化させることなく、日常生活のサポートをすることです。
介護を必要としている人は、自分の力だけでは日常生活を送れないから、介護を必要としている訳です。そのような方に対して、「センサーを体に装着しろ」「スマホを持ち歩け」「毎日デバイスを充電しろ」「ロボットの方を向いて一定の音量以上で声を出せ」という要求をした時点で、もう、介護サービスの基本から外れているのです。
「介護IT」と呼ばれているものが、回らないのは当然です。「介護IT」は「介護」ではないからです。
恐ろしく低い、ITリテラシー
「介護IT」がどんなものか分からないにしろ、基本的に、それは「IT」であることは間違いありません。そして、「IT」というものは基本的に難しくて、原則として動きません。「IT」は「動くモノ」ではなくて、「動かすモノ」なのです*)。
*)これは、コンセントを刺してスイッチを入れるだけで「動く」扇風機と、各種の設定(ネットワーク、インストール、セキュリティ、その他)をして「動かす」PCとの違い、というイメージで良いと思います。
ところが、この「介護IT」を「動かす人」でもある介護現場の人達のITリテラシーは、私が見てきた限り、絶望的なほど低いのです。
今時、業務報告を「手書きのノートに書く」など、「昭和か!」と叫びそうになりました。スマホかタブレット対応にすれば、複数の関係者に一瞬で報告書が届きます。
最近は外国人のヘルパーさんも活躍しているようですが、日本語を手書きするのに苦労している様子が伺えます(なにより、私が読めない)。
自宅から、夜中に、ケアマネや厚生委員にメールで連絡したくても、メールアドレスすらなく、留守番電話もない。私は仕事中に電話連絡をしなければならず、相手が仕事中で連絡つかない場面は、何度もありました。
SNSを普通に使いこなしている若者は、この状況を知っただけで「絶望的」な気持ちになるでしょう。ラクできる手段が目の前(スマホ)にあるのに、それを使えないストレスは、もの凄いものだと思います。
……とここまで書いてきて思ったのですが、いくらなんでも、このITリテラシーの低さは異様です。作為的なものを感じるほどです。もしかしたら、介護の世界には、ITシステムに対する巨大な抵抗勢力組織が存在しているのではないかと疑うレベルです。
この観点から調査してみると、そのような話をいくつも簡単に見つけることができました。「介護資格の所持者の権限を担保する為のITシステム導入の妨害」の他、「高いITリテラシーを有する(若い)人への作業負荷の集中」などがあるようです。
このような状況では、現場から業務改善が提案される望みはほとんどない、と言えるかもしれません*)。
*)ちなみにITの抵抗勢力(e.g. 町内会)に関しては、こちらが詳しいです。
現場のフロントは毎日が戦場のような状況であるので、ITリテラシー教育に時間をかけられない ―― という理屈は、介護だけではなくて、どの職種でも言われてきたことです。
介護だけを特別扱いして良い理由にはなりません。
そこで、私が提案するのは、遠隔地に老親を持つ、私たちによる「外圧」作戦です。
「父のヘルパーの報告はメールで連絡して下さい。ノートなんぞに記録されても、遠隔地にいる私には確認することができません。よろしくお願いいたします」
「ケアマネさんは、私のSNSアカウントに次の打ち合わせの連絡下さい。忙しいので電話に出られないので、よろしくお願いします」
「もし、応じてもらえないなら、あなたの上司か、あるいは市役所に直接ご相談致します」
というリクエストやクレームを連発するのです。
組織というのは、基本的に内部からは変化しません。ならば、事実上の顧客である私たちが、外部から、力づくで変化させるしかないのです。
何はともあれ、現在の介護サービスの現場には、介護ITを受け入れるだけの基盤が、全くない、ということです。
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