もはや怪談、「量子コンピュータ」は分からなくて構わない:踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(1)量子コンピュータ(1)(5/9 ページ)
「業界のトレンド」といわれる技術の名称は、“バズワード”になることが少なくありません。世間はそうしたバズワードに踊らされ、予算がバラまかれ、私たちエンジニアを翻弄し続けています。今回から始まる新連載では、こうしたバズワードに踊らされる世間を一刀両断し、“分かったフリ”を冷酷に問い詰めます。最初のテーマは、そう、今をときめく「量子コンピュータ」です。
本当に気持ち悪い「量子の振る舞い」の話
さて、ここから、量子とは何か、量子ビットとは何か、について説明します。
既に企画書の中で説明した通り、これは、私(江端)の頭の中に残っている知識と、私の頭の中で生まれた疑問と、私に都合のいいモデルと解釈に拠ることを、あらかじめご了承ください。
量子の振る舞いは、はっきり言って理解不能で、ぶっちゃけて言えば「気持ち悪い」のです。ここでは、その気持ち悪さを、量子の一つである電子を使って説明します(というか、電子工学出身の私は、電子くらいしか知りません)。
電子銃から放出される電子ビームは、磁力によってひん曲げることができます。これを利用したものがブラウン管テレビです(2015年に世界中で生産が終了しました)。
逆に言えば、磁力以外で電子銃から発射された電子を曲げるのは難しいです(ここ覚えておいてください)。
ここから量子(正確には電子)の「気持ち悪い」を説明します。
(1)電子銃、(2)2つの間隙(スリット)のある板(二重スリット)、(3)電子銃の電子を受けとると感光する感光スクリーンの3つを並べて、電子銃を(イメージとしては手動で)一発ずつ打ち込みます。
普通に考えれば、二重スリットの真ん中に当たって、感光スクリーンには届かないはずです。仮に電子銃の狙いが狂って、スリットを擦り抜けたとしたら、電子銃とスリットの直線上のどこかに感光スクリーン上に現われるはずです(上記(a)常識的な予想)。
ところが、上図(a)のようにはならず、上記(b)のような結果が出てくるのです。
―― 一体、電子はどこを通っているんだ?
電子の到着場所は、電子銃を打つ度にバラバラに変わってしまいます。図中では5つの場所の付近に到着しているようですが、それは事前に分かりません。しかも電子銃とスリットの直線上の場所でもありません。全く訳が分かりません。
仮に電子銃が武器として使用されたとしたら、直線性を担保されない「どこに当たるか分からない銃」となり、全く使いものになりません。
これだけでも十分「怪談」ですが、もっと怖いことがあります。
「電子銃の銃弾(電子)は、二重スリットのどちらか一方を通過しているはず」と考えて、装置を使って電子の軌跡を追跡しはじめると、上記の(b)の状態が(a)の状態になってしまうのです。
これが観測です。人間の「観測をしよう」という意志によって、現象が変化してしまうのです。
絶対におかしいですよね。信じられませんよね。これを「怪談」と言わずに、一体何を「怪談」と言えば良いでしょうか。
今でも私は、この実験結果がウソではないかと思っているくらいです。自分の目で確かめるまでは信じられません。自宅での実験も考えたのですが、大規模な実験設備と実験環境が必要らしく(実験室の近くにダンプカーが通過しただけで、実験結果が変わってくるなど、とても繊細)、実験はできないままです。
しかし、この話、ネット上のどこでも簡単に見つけられますし、私をだますためだけに、世界がこれほど大げさなウソをつくとも思えません。
ただ、この実験では、量子の中でも、超軽量の電子を使った実験です。電子は電荷を持っているという特殊な性質もありますので、まあ、なんか変な力が働いて、こんな変なことが起きるのかもしれない、と思い込むようにしていました。
ところが、1999年に、オーストリアの物理学者のアントン・ツァイリンガーさんが、炭素元素60個でできた「フラーレン」という分子でも、同じ現象を確認しています。
……分子だと? 分子って、電子の重さと比較にならんぞ。
電子:9.10938356×10-31kgに対して、フラーレン:2×10-23×60個kgは、実に2200万倍。これは、電子を卓球のピンポン玉(2.7g)に見立てると、直径2.5mの鉄球の重さになります。
こんな巨大な鉄球が、直進せず、どこに現われるか分からない振る舞いをするというのは、正直恐怖です。
「波」であると同時に「粒」でもある
そもそも、二重スリットの実験は、「ヤングの実験」として、19世紀初頭から知られています。こちらは、「電子銃で一発ずつ電子を打ち込む」のではなく、光を当てる実験です。
この実験によって、光が「波」であることが証明されています(ちなみに、光が「粒」であることは、この実験からは分かりません)。
2つの波は、互いに干渉して、波の高さが大きくなる場所と、小さくなる場所が交互に発生するからです。
前述の実験とこの実験では、「電子」と「光(光子)」に違いがあるように思えますが、実は、光子(レーザ光)を発射する実験でも、電子と同じ振る舞いすることが確認されています。
つまり、「光子」も「電子」も、果ては「分子」に至るまで、その性質は「粒」であると同時に「波」であるという、ぶっちゃけ「訳が分からん」という状況が確認されているわけです。
観測される直前までが「波」で、観測された瞬間に「粒」になる ―― 冒頭の私の「新宿駅の『あの人』」というコンセプトは、この「観測すれば、確定する」から案出されたものです。
では、量子の「気持ち悪さ」をまとめてみます。
まずは、この3つの「気持ち悪さ」を理解しておいてください。
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