もはや怪談、「量子コンピュータ」は分からなくて構わない:踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(1)量子コンピュータ(1)(9/9 ページ)
「業界のトレンド」といわれる技術の名称は、“バズワード”になることが少なくありません。世間はそうしたバズワードに踊らされ、予算がバラまかれ、私たちエンジニアを翻弄し続けています。今回から始まる新連載では、こうしたバズワードに踊らされる世間を一刀両断し、“分かったフリ”を冷酷に問い詰めます。最初のテーマは、そう、今をときめく「量子コンピュータ」です。
“量子”見たいなあ
後輩:「いや、驚きました。『量子コンピュータが、量子そのものを使っていない』ということは、衝撃でしたよ」
江端:「うん、それ分かる。なんか量子コンピュータというからには、『自然現象をそのまま使って計算ができる』のだと、ずっと私も思い込んでいた」
後輩:「江端さんが、このことに気がついたのはいつですか?」
江端:「最初に変だなーと思ったのは、量子ビットの式に、周波数の項が入っていないことに気がついた時かな。あとは、2つの状態が重ね合わさった量子状態の振幅の絶対値が、かっちり”1”になると読んだ時。『そんなもん、自然界に都合よく存在するか!』って突っ込んだ時かな」
後輩:「今回の江端さん記事を読んだ正直な感想は『がっかり感』でした。量子コンピュータって、『もっと圧倒的にすごくて、世界を変える何か』、と思っていましたが、江端さんの今回のコラムで、『デジタルコンピュータ(古典コンピュータ)の拡張』と分かってしまいました」
江端:「いや、確かにすごいことはすごいんだよ。ただ、『世界を一変させるか』と問われれば、そこまでのことはないかな、とは思っている」
後輩:「少なくとも、現在進行中のCOVID-19(新型コロナウイルス)感染禍ほどには、世界を変えることはないでしょう」
江端:「まあ……そうだな」
後輩:「それはそうと、この量子の振る舞いの『気持ち悪さ』というのは、エンジニアたちを魅了するんでしょうねえ」
江端:「ん? どういうこと?」
後輩:「江端さんには釈迦に説法ですが、今、科学技術分野は、かなり『どん詰まって』いますよね」
江端:「まあ……そうだろうな。私のようなシニアが、まだ現役で入社当時のプログラム言語で、コードをガリガリと書いているくらいだからな」
後輩:「で、こういう時に、よく登場してくるのが『”XXXのアナロジー”との融合』というやつですよ。この”XXX”は、”量子”でも”生物”でも”行動経済学”でも、なんでもいいんですが、とにかく、別の世界のものを持ってくればうまくいく ―― という思考形態です」
江端:「ああ、それは昔から山ほどあったよ。私の人生の中での最高傑作は、『宗教(仏教)とのアナロジーの融合で、コンピュータのオペレーティングシステムを設計する』だったかなぁ」
後輩:「江端さんは、この『"XXXのアナロジー"との融合』とやらで成功した事例を知っていますか?」
江端:「私は『"XXXのアナロジー"と融合させて』を掲げて成功した研究や方式や製品を、寡聞にして知らん。ただ、逆に、それらの完成後に『"XXXのアナロジー"との融合を目指して開発した』というストーリーを、でっちあげて、流布した話なら、いくつか知っている」
後輩:「……あの……江端さん。私から振っておいてなんですが、この話は、ここで止めておきませんか?」
江端:「……同意する」
後輩:「まあ、それはさておき、江端さんも記載していますが、量子の怪奇現象は、『私たちの、この世界に対する理解が、まだ全然足りない』ということだと思います。私は、こんな単語は使いたくもないのですが、量子を理解するためには、”スピリチュアル”とか”宇宙的意思”とか言うものを持ち込まないとダメなのかもしれませんよ」
江端:「なるほど。ならば、カルト宗教団体の教祖たちの目には、量子の怪奇現象なども、理解可能な現象として映っているのかもしれないな」
後輩:「江端さん、きっと、それ、間違いないですよ。彼らには『状態が確定する前の量子』が見えているんですよ」
江端:「そうかぁ。いいなぁ。私も”量子”見たいなぁ」
後輩:「いいですよね」
編集後記
後輩さんとのレビューにある「量子とスピリチュアル」ですが、少なくとも、「量子力学 引き寄せ」でググると、腐るほど出てきます。書籍になっているものもあります。
随分前からあるようで、「観測」を応用(?)して、「良い意識を持てば、良い現象が具現化される、悪い意識を持てば、悪い現象が具現化される」と説いているようですが……その真偽の程は、私には分かりません。
当然、江端さんなら盛大に『せせら嗤う』でしょうけど。
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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