低電流密度のパルス電流でスキルミオンを制御:クラスタの回転運動も直接観察
理化学研究所(理研)の于秀珍氏らは、低電流密度のパルス電流で直径100nm以下の磁気渦「スキルミオン」を制御することに成功した。
新しい磁気記憶媒体としての応用に期待
理化学研究所(理研)の于秀珍氏らは2020年6月、低電流密度のパルス電流で直径100nm以下の磁気渦「スキルミオン」を制御することに成功したと発表した。
今回の研究は、理研創発物性科学研究センター電子状態マイクロスコピー研究チームのチームリーダーを務める于氏の他、強相関量子構造研究チームの有馬孝尚チームリーダー(東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)らが共同で行った。
スキルミオンは、渦状の模様を形成している電子スピンの集団構造である。一度生成されると、安定した粒子として振る舞う。低電流密度で駆動できるなどの特長を持ち、新たな磁気記憶媒体などへの応用が期待されている。スキルミオンは、微小電流で移動を制御できることが既に提唱されている。しかし、単一スキルミオンの制御については、まだ実証されていないという。
研究グループは今回、直径100nm以下の単一スキルミオンおよび、その結晶状態を微小電流で制御するため、小さな切り込みを入れた「らせん磁性体(FeGe)」のマイクロデバイスを作製した。このデバイスに「負電流」と「正電流」を流した時の電流密度分布をシミュレーションした。この結果、切り込み付近で高い電流密度分布を示すことが分かった。
続いて、このデバイスにおけるスキルミオンの生成と電流/温度の関係を調べるために、実験を行った。デバイスに電流を流さないと、スキルミオン相は250K(約23℃)付近の狭い温度領域(磁気秩序温度)にしか存在しないことが分かった。デバイスを正電流パルスで刺激すると、スキルミオン相は広い温度範囲まで広がった。一方、負電流パルスで刺激した場合は、250K以下においては生成されたスキルミオンが消滅した。
これらの結果から、小さな切り込みを入れたデバイスは、流れる電流パルスの極性によって、スキルミオンの生成や消滅を制御できることが分かった。
さらに研究グループは、電流の大きさとパルス幅を調整しながら、切り込み付近の磁気構造を観察した。そうしたら、ゼロ磁場の状態で10mA、0.1ミリ秒の電流パルスを1回加えるだけで、らせん磁気構造の波及方向を回転させることができ、切り込み周辺へ半円状に広がるらせん(スキルミオン核)が生成されたという。
薄片に160mTの弱い磁場を加えた状態で、電流パルスの幅を10ミリ秒に固定して電流値を増やしていく実験も行った。この結果、スキルミオン格子が最初に切り込みの角付近に生成され、その後は一気に、デバイス中に広がることが分かった。切り込みのないデバイスでは、これらの現象は見られなかった。このことから、電流でスキルミオンを誘起するうえで、小さな切り込みの存在がカギを握っていることが明らかとなった。
ローレンツ顕微鏡を用いて内部を観察した。この結果、「レーストラックメモリ」と呼ばれる不揮発性メモリで用いる電流しきい値より、3桁も小さい電流で単一スキルミオンが横方向に移動することが分かった。
さらに、スキルミオン3個で構成されるクラスタを負電流パルスで刺激した。この結果、クラスタは反時計回りに回転しながらデバイスの右上へ移動した。次に負電流パルスで刺激したら、クラスタはさらに同じ方向へ回転しながら移動することが分かった。
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