あの医師がエンジニアに寄せた“コロナにまつわる13の考察”:世界を「数字」で回してみよう(64)番外編(5/13 ページ)
あの“轢断のシバタ”先生が再び(いや、三たび?)登場。現役医師の、新型コロナウイルスに対する“本気の考察”に、私(江端)は打ち震えました。今回、シバタ先生が秘密裡に送ってくださった膨大なメール(Wordで30ページ相当)に書かれていた、13の考察をご紹介します。
【考察4】「COVID-19疑い」に対する「全例PCR検査」を真面目にシミュレーションしてみる
PCR検査の実施数について、国内外から「不足だ」「十分だ」と一時数についての議論がはやりました。
はっきり言って、
(1)COVID-19へ感染した後、早期には数割〜半数が無症状、
(2)感染後十分に時間がたっても最終的に症状を自覚しない人が1〜2割いる
とされるCOVID-19に対して、真の意味で「COVID-19疑い全員に対して全例PCR検査」なんて、できる訳ありません。
無症状症例がいる時点で、たとえ風邪症状全例に対してPCR検査を実施しても、COVD-19の全数把握には全く足りないということです。
「PCR検査を増やせば感染拡大は防げる」というのは正しいですが、「PCR検査を増やせば感染をゼロにできる」というのは楽観的すぎます。
とはいえ、「無理だ、無理だ」と言い続けても議論が進まないので、
「(1)COVID-19患者を全例見つけることを目標にしたPCR検査」
ではなくて、そのような検査より、ずっと負担が少ない
「(2)疑い症例に限定して全例PCR検査した場合」
をユースケースとして、具体的に考えてみます。
上記(2)を目標にするなら、これから「風邪症状(インフルエンザ症状含む)のある人間を全員PCRしましょうか?」という仮説を立てることができます。
さて、何が起こるでしょうか? ―― 腹を括って読んでくださいね
季節性インフルエンザの患者数は、年間人口の1〜2割程度です。風邪患者は……まあ、少なく見積もって年間インフルエンザと同数としておきましょう。
ざっと、年間3000〜4000万件程度の検査を行う必要があります。ざっくり、300万件/月、10万件/日です。
PCRのコストは、結構高いです。健康保健が適用されたとしても、結局、国庫から支出されるなら、私たちが負担していることと同じことです。
1件の検査代金は、保険診療上の定価は1万8000円です。1日に有症状者10万件を検査したとすると、検査代として移動する金額は年間で1万8000*3000万人=5400億円という金額になります。
見逃しを最小化するためには、超軽症の上気道炎症例まで含める必要があるでしょう。とすれば、延べ人数で、最低限度で全国民が年に1回以上検査を受けるような数字に届く金額が必要となります。
そうなると……見逃し回避の検査に年1兆円前後という金額をつぎ込むことになります。
ニュースやコラムを見ていると、見逃しを最小にするためにPRC検査を拡大すべきだと叫んでいる人―― つまり上記(1)の施策を主張する人 ―― がかなり多い印象です。
上記(1)よりはるかに負担が少ない上記(2)であっても、これだけの検査数をこなした場合でも、現状では99.9%以上が陰性となります。
前記の1日10万人の疑い症例×1万8000円≒18億円に対して、1日100〜1000人の新規感染がいるとして、18億円/100〜1000人で、1人の患者を見つけるのに180万〜1800万円程度を毎日消費することになります。
しかも、どんなに頑張っても絶対に見逃しや疑陽性があることは、絶対的な事実です。
恐らく、これが最大値です。簡易な予測ですので誤差は大きいかもしれませんが、桁はあっていると思います。
「見逃しを最小限にすべき」という意見の裏には「国民1人当たり年2万円程度を負担しなさい」という数字が隠れています。単一疾患の、しかも検査だけで、数%も医療費が跳ね上がるのは、費用対効果から考えて、無謀な気がします。
それに、仮に、金額のことを無視したとしても、検査できる専門の人間の数や、検査装置の数の話は、無視することはできないはずです。
抗原検査のほうが安いので、そちらで代用すれば良いという意見があるかもしれません。お金が少なく済むという点では正しい意見ですが、前述の通り感度や特異度を考えると「見逃し患者数の最小化」というスタートラインから外れてしまって結局PCRと組み合わせることになるので、話がややこしくなります。
私の意見としてはアホみたいに「検査数の最大化」「見逃し患者数の最小化」を叫ぶのではなく、「検査の最適化」を目指している現状の路線の延長上の対応でいいんじゃないかなぁ、と思っています。
現在も最適化の一環としてサンプリング、ハイリスク集団のモニタリング、超ハイリスク集団の全数検査などが検討もしくは実施されているようです。
もっとも、最前線でPCR必要症例の選別を担う開業医や保健所の方々に「最適化」のタスクの大部分を丸投げしている点が大きな問題ですが……。
誤解の無い様に申し上げますが、検査能力自体は、適正に増強すべきだと思います。第1波のピーク時は、保健所職員および検査技師さんがフル稼働状態で本当に疲弊していたようですので……。
今後、インフルエンザの季節になる頃には、必要検査数は嫌でも増えます。今から恐ろしいですが、検査数能力は冬に向けて準備だけはするべきでしょう。ただ、どのレベルまで検査能力を引き上げておくべきか……その点について、私は答えを持っていません。
大変卑怯で申し訳ないのですが、検査能力および保健所のクラスター解析能力の増強についてどれくらいの数が必要かという試算については、厚生労働省に丸投げしたいと思います。
備えが足りなくても、逆に備えすぎても、この冬は「検査能力やクラスター調査体制が最適ではないのはけしからん!」という批判が上がることが予想されます。厚生労働省の担当官の方には、心を強く持って頂きたいと思います。
ちなみに、PCR検査数が日本より多い国で、日本よりも新型コロナウイルス感染が蔓延している国は山ほどあります。そして、日本より人口当たりの検査数が多い国でも、感染を根絶できた国はありません。ちなみに、台湾がもう少しで感染者ゼロになりそうですので、是非とも頑張って欲しいと思います。
厚生労働省がきちんとした数字に基づく根拠を持って最適化にあたる限りは、われわれ現場は ―― 少なくとも私は ―― 厚労省に対して過度な批判はいたしません。
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