CHIPS for Americaの狙いは「ポストグローバル化」:半導体は“戦略的産業”(2/2 ページ)
米国では、経済の沈滞化が進む中、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による死者数は1日当たり1000人を超えている他、失業手当の申請数は毎週数百万件に及ぶ。そうした危機の中、パンデミックに後押しされている新たな産業政策において、主役になっているのが半導体である。
米国内の半導体メーカーにとってのメリットは
Center for Strategic and International Studies(CISI)のJames Lewis氏は、「米国では最近、州および連邦当局がTSMCの工場建設を誘致したことを受け、米国内の半導体メーカーが、優遇税制措置などのさまざまなインセンティブに関する平等な待遇を求めるようになった。北米の半導体装置メーカーは、新たに厳格な輸出規制が課されたことで、中国市場へのアクセスを失うという打撃を受け、研究開発への投資能力を低下させる可能性がある。このため、半導体装置メーカーやEDAメーカーには、設備投資を強化するための税制上の優遇措置が必要だ」と主張する。
また同氏は、「米国の輸出規制による影響が出始めている中、CHIPS for America法案で半導体チップメーカーをサポートすることにより、そのダメージを緩和できる可能性がある。同法案は、インセンティブや助成金、優遇税制措置だけでなく、税額控除も提供するため、米国の次世代産業政策と見なすことができるだろう」と述べる。
Intelの位置付けは
Intelは、最近の景気後退の中でも、半導体市場におけるリーダー的地位を維持し、サーバなどの主要市場で優勢を確保し続けている。研究開発や設備投資などの面でも、同社に匹敵するレベルのライバル企業はほとんど存在しない。ただし、米国政府が1950年代および1960年代に行った軍事/航空宇宙分野における莫大な資金提供がなければ、同社の今の姿はあり得なかっただろう。現在もこの時とよく似た状況にあることから、同社は世界最大の半導体チップメーカーとして、利害関係をよくわきまえているといえる。
中国との技術冷戦の中、Intelは“米国のチャンピオン”として台頭するのだろうか。各工場が世界中に分散しているということもあるため、それはないだろう。Intelが、TSMCに対する米国の解決策になるという可能性は、低いと考えられる。
この他にも、GLOBALFOUNDRIESとそのパートナーである米国専業ファウンドリーSkyWater Technologyなどが、出番を待ち構えている。これらの企業は、パッケージングやテスト、組み立てなどの分野における半導体製造技術を加速させる力を秘める。こうした製造技術は、過去40年間にわたってアウトソーシングされてきたが、今や欧米の半導体メーカーにとって、生産学習曲線を上昇させていく上で最善の方法だと考えられている。
最終的にこれらの製造技術は、7nmや5nm、またはそれ以下の微細な半導体プロセス技術と同程度の戦略的重要性を持つということが実証されるだろう。CSISのLewis氏は、「ここで重要なのは、米国企業の中の1社だけを勝者にすることではなく、“TSMCが仮想敵国に製品を販売するのを確実に阻止すること”である」と述べている。
一方中国政府は、上海に拠点を置くSMICに期待をかけ、膨大な資金を投じている。中国政府にとってSMICは、TSMCの最先端製造技術へのアクセスを断たれた場合の“保険”としての役割を担う。Lewis氏は、「米国は、半導体市場における欧米の優位性を維持、拡大していくための戦略として、多額の投資や輸出規制、制裁措置などを組み合わせていく考えだ」と述べる。
米国のチップ産業は「スプートニクの瞬間」を迎えたのか?
恐らくそうだろう(「スプートニクの瞬間」=米国が軍事力や技術力で他国に追い抜かれる時代)。産業政策は何十年もの間、政治的な要因に“汚染”されてきた。中国の技術力向上とばく大な資金力がそれを一変したが、同時に外部からの脅威ももたらした。Lewis氏は、「半導体が戦略的産業であることは誰もが認識している」と指摘する。
何十年にもわたってアウトソーシングされてきた米国のチップ産業を再構築するとともに、米議員らはリショアリング(工場を海外から国内に戻す)するプロセスを開始したいと考えている。だが、製造業のグローバルな性質を考えると、Lewis氏は、米国の産業政策目標としてのリショアリングには賛成していない。
「むしろ、中国から工場を移動させ、中国への(サプライチェーンの)依存を終わらせると考えた方がよいだろう」(同氏)
製造は、米国に回帰するのか
少なくとも、「iPhone」が米国で製造されることはないだろう。
だが、半導体のようなハイエンドの製造を米国に戻すことは「十分にあり得る」(Hutchenson氏)。このような動きを加速することは、地政学的な懸念を引き起こす。
20世紀、米政府は兵器製造のヘッジとして工作機械産業を利用した。同じ原理は、現代社会のバックボーンである半導体産業や技術戦争にも当てはまるかもしれない。
【翻訳:青山麻由子、田中留美、編集:EE Times Japan】
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