コロナ後の新しい価値観を探る 〜3つのウェルネスとデジタルアクセラレータ:イノベーションは日本を救うのか(37)番外編(3/4 ページ)
コロナ禍は、新しい価値観を探る機会なのではないか。こうした中、筆者は最近、今後の世界観あるいはフレームワークとして、「3つのウェルネスとデジタルアクセラレータ」を提唱している。今回は番外編として、これらの考え方を紹介したい。
社会のウェルネス
この地球上には現在79億人が197の国に住んでいて、一つ一つの国や地域にさまざまなコミュニティー(社会)がある。今後の世界を考えた場合、社会の在り方、社会のウェルネスがとても重要な課題になる。
コロナ以前は、メガトレンドの一つであった都市化(urbanization)だが、今回のコロナ禍では、テレワーク導入に後押しされて、都市から離れ、郊外や地方に生活の拠点を移す人々も出ている。
だが、長期的にこれが定着していくのであろうか? 筆者はそうは思わない。やはり人間は、結局は社会的動物であり、長期的に見れば都市化の傾向は強まるものと思われるからだ。実際、既に世界人口の50%は都市に住んでいる。そして2050年までに都市人口は全体の72%に増加するといわれている。
これは特に、アジアやアフリカの新興国で急速に進むと予測されている。新興国ではこれまでの古いインフラ基盤がないだけに、最新のデジタル技術を活用した社会インフラの整備が一気に進む可能性がある。そして、社会的動物である人々は文化的魅力、職業の魅力を求めて都市に集まってくる。
そこで求められるのが、スマートシティーだ。IoTやAI、高速通信などあらゆる最先端技術を駆使して、より効率的で環境負荷の少ない都市設計が増えていくだろう。いずれは、省エネどころかエネルギーポジティブ(クリーンエネルギーを生み出し、使用しても余りがある)にもなり得る。
日本では、約5年前に「Society 5.0」が提唱された。サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムによって、経済の発展と社会的問題の解決を両立する社会のことである。CPS(Cyber Physical System)やIndustrie 4.0と、ほぼ同義だ。今回のコロナによって、このSociety 5.0の考え方、つまりテレワーク、遠隔医療、遠隔教育などが加速するだろう。それだけ、Society 5.0の実現にも近づくことになる。
ヒトのウェルネス
これは平たく言えばヒトの健康のこと。「人生100年時代」を生き抜くには、何はなくとも「ヒトのウェルネス(自分のウェルネス)」が大事であることは言うまでもない。この健康は体の健康だけでなく、心の健康、またヒトとヒトとの良好な関係も含む。
これについては、まずはデジタルヘルスに期待したい。特にコロナ禍では、小型の検査装置などを用いて検査をリアルタイムで行えるPOCT(Point of Care Testing)が大変重要になってきている。さらに遠隔治療や遠隔診察の導入も進められている。生命に関わることなので、実用化には時間がかかるかもしれないが、ここでもIoTやAIが大いに期待され、活用されつつあるのだ。
さて、もう一つ、エレクトロニクス技術からは少し離れるが、せっかくなので大変興味深い話題を取り上げたい。
高齢化社会の先進国である日本において、今後ますます大きな課題となるのが認知症だ。「人生50年」といわれた昔は、目、耳、脳機能など、人間の身体がダメになる頃には寿命も尽きるという状況だった。ところが「人生100年時代」といわれる、これからの時代はどうだろう。寿命=健康寿命ではない。しかも、目や耳の衰えについては対処法(メガネや補聴器など)があっても、人間の機能の中枢である脳機能の劣化については、手当ての方法がなかなかないのが現状だ。
脳機能障害の最も深刻な課題は認知症であり、その治療のために世界中のあらゆる製薬会社が治療薬の開発を進めているが、今のところまだ決定打といわれるものは出ていない。
筆者は、もともと人工知能(あるいは「人工頭脳」)からの観点も含めニューロサイエンス(脳科学)に深い関心を持ってきたが、最近そのような状況に一石を投じる可能性のある日本の研究者に出会うこととなった。九州大学名誉教授の藤野武彦先生だ。
藤野先生はもともと循環器内科が専門だったが、扱う疾患を本当に理解するには脳を理解する必要があるということから、脳機能について独自の研究を20年以上にわたって行ってきた。その結果、多くの病気は脳神経細胞の炎症に由来するとする「脳疲労理論」の構築に至る。
認知症の患者の脳を調べると、アミロイドβというタンパク質が蓄積していることが良く知られている。多くの製薬会社のアプローチはこのアミロイドβの蓄積を防ぐ方法を開発することだったが、藤野先生の研究グループは、アミロイドβが蓄積する原因の一つとして、プラズマローゲンという一種のリン脂質が減っていることを発見した。
そして、アミロイドβの蓄積よりも上流の原因であるプラズマローゲンの減少を防げばいいのではと考えたのだ。結果として藤野先生の研究グループは、プラズマローゲンを外部から補給することでアミロイドβの蓄積を防ぐという道を見つけた。
藤野先生のグループは、人間の体内にもともと存在するプラズマローゲンに最も近い成分をホタテ貝から抽出することに成功し、それをサプリメントとしてアルツハイマー型の認知症患者に投与。目を見張るほどの成果を出している。このサプリメントは既に日本で発売されており、現在海外展開を進めているところだ。
ところで、こうした新しい成分の効果を知るためには、脳機能の劣化をいかに正しく計測できるかが鍵になる。認知症のテストにはMMSE(ミニメンタルステート検査)などの方法が広く使われているが、脳のどの部位で何が起こっているのかを、より直接的にモニターできれば、診断と治療の距離がもっと近づくはずだ。脳機能の直接的な測定は、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)やPET(Positron Emission Tomography)検査に加え、最近は光トポグラフィーによる脳機能測定も増えてきた。これも、ITやエレクトロクス技術、つまりデジタルアクセラレータの進展のおかげともいえるだろう。
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