600Kでも安定動作するGaN系MEMS振動子を開発:5Gや車載機器向け発振器に対応
物質・材料研究機構(NIMS)は、600K(約326℃)の高温でも安定して動作するGaN(窒化ガリウム)系MEMS振動子を開発した。5G(第5世代移動通信)や車載機器向けタイミングデバイスなどの用途に向ける。
引っ張りひずみを制御しながら、Si基板上にGaN結晶を成長
物質・材料研究機構(NIMS)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点のサン・リウエン独立研究者は2020年12月、600K(約326℃)の高温でも安定して動作するGaN(窒化ガリウム)系MEMS振動子を開発したと発表した。5G(第5世代移動通信)や車載機器向けタイミングデバイスなどの用途に向ける。
GaNはバンドギャップが大きく、熱安定性が高いなど、さまざまな特長を備えており、IoTセンサーやMEMS発振器向け振動子などの用途で注目されている。これを実現するためには、Si(シリコン)基板上に高品質のGaN結晶を成長させる必要がある。
今回は、有機金属気相成長法(MOCVD)を用いて、高品質のGaN結晶膜を成長させることに成功した。このGaN結晶膜は、ひずみ除去層を用いる従来方法に匹敵する品質レベルだという。
開発したGaN結晶膜を用い、両持ちはり型構造のMEMS振動子を作製した。その工程はこうだ。まず、Si基板上に成長させたGaN結晶層に、スピンコーティングでフォトレジストを塗布し、レーザー描画でマスクを作製する。その後、ドライエッチングでGaNとAlNを削り取り、化学エッチングによりフォトレジストを除去してSiを取り出した。Si離型の前後で引っ張り応力はそれぞれ、770MPaと640MPaが得られたという。
作製したGaN系MEMS振動子には、2つの共振モードがあるという。「曲げモード」と「座屈モード」である。両持ちはり型振動子において、曲げモードの共振周波数はヤング率で決まる。これに対し、座屈モードの共振周波数は座屈たわみとヤング率の両方で決まる。
温度が上昇するとヤング率は低下し、座屈たわみは増加する。GaNとSiの熱膨張係数は温度によって異なるため、熱により生じる内部の応力が座屈たわみを引き起こす。これにより、座屈モードでは温度に対する周波数安定性が大幅に改善されるという。
座屈モードにおけるTCF(周波数温度係数)の温度依存性を調べた。この結果、時間安定性を示すTCF値は最高で−5ppm/Kとなり、Si系MEMS振動子に比べ6分の1という低いTCFが得られた。時間分解能を示すQ値(品質係数)は、最高10万以上となりGaN系MEMS振動子としては最高値を達成した。温度上昇による変化が少なく、600Kの高温環境でも優れた性能を維持できることが分かった。GaNとSi基板の熱膨張率に差があり、これが大きなひずみを誘発してエネルギーを蓄え、高温でのQ値向上に寄与したとみている。
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