「コロナワクチン」接種の前に、あの医師が伝えておきたい7つの本音:世界を「数字」で回してみよう(66)番外編(6/11 ページ)
いよいよ始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種。コロナ禍において“一筋の光”でもあるワクチンですが、変異株の増加など心配なことも増えています。今回は、前回に続き、あの“轢断のシバタ先生”が、ワクチンそのものに対する考え方や変異株の正体、全数PCR検査の机上シミュレーションなど、読者に伝えておきたい7つの“本音”を語ります。
「湯水のように金を使える」前提でシミュレーションをやってみる
私はケチです。なので、どうしても「予算的に割に合わない提案」が超苦手です。「全数検査をすれば必然的にRtは激減する。緊急事態宣言と平行して議論すべきだったのでは?」と言う声に、どうしても消極的な言い訳ばかりが頭に浮かびます。
ならば ―― 「湯水のように金をかけても良いという前提」で、一度机上計算してみるか、という気になってきました*)。
*)ちなみに、このシリーズは「世界を「数字」で回してみよう」です(江端)
シミュレーションの目的は、『全数検査を行って全感染者をあぶり出して瞬間的なRtの最小化を目指す(予算と人員の制限、一切無し)』とします。
以前、私は全数PCR検査に対して反対の立場を表明しました。それについては、こちらとこちらを御参照ください。
ところが、今回は、その時に机上計算で用いていた“設定”を変えます。
具体的には、
(1)軽症者は自宅やホテルでしのぎましょうということが早期に認められたおかげで医療崩壊は年末まで起こらずに済んだ ―― という“事実”
(2)「軽症者が完全に自宅待機でOK」ならば、2021年2月中旬の今この瞬間に全数把握のPCR検査を行っても医療崩壊は起きないはず ―― という“見積”
を使います。
そこで、今回のシミュレーションでは、上記(1)(2)の要素を突っ込んで、(A)「実際に運用可能か」、(B)「お金がどれくらいかかるか」、(C)「感度や効果はどの程度か」、(D)「検査の人員は捻出可能か」の4点について検討を行いました。
(A)「実際に運用可能か」
国政選挙をユースケースとして考えてみました。短期間に5〜7割の人が投票所に足を運んでいますので、期間を20日程度に分散するとして、投票の代わりにPCR検査をお願いするもの、と仮定します。
まあ、選挙ですら、5〜7割程度なのに、PCR検査の為に、10割の人が検査場(?)に来るのかは、かなり怪しいのですが、ここでは近所からの同調圧力などを受けることで「来るもの」と仮定します。
武漢の例に倣って1回あたりの期間20日で集中的に全数検査を行うと仮定して、厚生労働省の「検体プール検査法*)の指針」に従い、5検体を1つにまとめて(……まとめるのは検体を採取した後の綿棒です。1つの綿棒を5人に突っ込むことはしませんのでご安心を!)行ったとします ―― 何のために? 時間と手間と(数千億円の)経費を削減するためです。
*)ひと言で言えば「5人分の検体を、纏めて一つの試験管に突っ込んで検査をする方法」(江端)
つまり、1セットから陽性反応がでたら、そのセットの構成者5人全員が陽性の「容疑者」として、リストアップされて、陽性者の個人特定をすることになります(参考:厚生労働省「新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 検体プール検査法の指針」)。
(B)「お金がどれくらいかかるか」
日本全体でざっくり1億2000万検体÷5=2400万検体。これを期間の20日で割ると、1日120万検体ですが、現在、日本の検査数の運用実績は1日10万検体ほどです(参考)。
こうなると機械に頼るしかないのですが、全自動RT-PCR装置が、1日最大120検体を自動処理できるもので1250万円ほどするそうですので、新たに機械を購入するために120万検体÷1日120検体処理×1250万円≒1250億円が必要です。
保険診療で検査に1件1万8000円かかるので、5検体プールでも同じ金額だと仮定すると、全数PCR1回につき2400万プール×1万8000円=4320億円の医療費増になります(健康保健組合の保険料増額待ったなしですが ―― 今回は、我が国には無限のお金がある、という設定で話を進めます)。
(C)「感度や効果はどの程度か」
では、どれくらいのあぶり出し効果があるか、計算してみます。以前お示しした通り、PCRの感度は、3〜7割とされています。1年が経過して検体採取にも検査手技にも実務者は慣れてきているはずですから、最近は感度7割をキープしていると良いなぁ……と期待した上で計算を続けます。
ところが「5検体プール(5人分の鼻の奥の粘液を混ぜて検査する方法)では検出感度が下がる」ことが前述の厚生労働省の指針内でも指摘されています。
実証実験を用いた検討では、感度が85%に低下するとの結果が示されています。7割×85%≒6割がプール方式の感度の最大値に近い数字ではないでしょうか。取りあえず感度6割が確保されたと希望的に仮定します(感度に対する異論については、付録Dを読んだ後にお願いいたします)。
(ついてこられていますか? もう少しがんばってください。もし辛かったら、太字の文字だけを追いかけてもOKです)
ところで、先日行われた厚生労働省による第2回抗体保有調査では、東京都において、2020年12月時点で抗体を保っている人の割合は0.91%だったことが報告されました(参考)。
取りあえず東京都の人口1396万人×0.91%≒12万7000人が、2020年12月時点での推定全感染者数でした。
一方で、12月に東京都が東京都保健医療公社で行った抗体保有率調査では、1.8%の陽性率だったと報じられています(参考)。
これを元に計算すると、1396万人×1.8%≒25万人が12月の時点で既に感染していた、という結果になります。
12.7万人? 25万人? どっちやねん! と突っ込みそうになるかもしれませんが、そもそも抗体保有率から出てくる数字なんてこんな程度の精度です(これまでの、私の「シバタレポート」で、散々言ってきたことですが、この手のデータから導かれた推定数で、信じていいのは「ケタ数」くらいです)。
では、最初は25万人を使ってみましょう。
12月までにPCR検査で確定された感染者数がざっくり5万人ですので、差である20万人が見逃されており、かつ、(当然に)その20万人は感染経路不明です。ある瞬間においてのPCRで検出した症例:見逃し症例=5:20です。全数にPCRを行うと、この“20”のうち60%に当たる“12”を追加で検出できることになるわけです。
つまり、ある瞬間(最大瞬間風速的)において、検出率が5/25=20%から(5+12)/25=68%に改善される可能性(つまり見逃し率は32%)があることが分かります。
では、次に、12.7万人の方を使ってみましょう。
同様に、もしも抗体保有率0.91の方が正しかった場合は、全数PCRによって見逃し率は(12万7000−5万)/12万7000=約60%から、(12万7000−(5万+7万7000×0.6))=24%に減少するようです。
つまり、100だった感染者数を全数検査の期間に24〜32%程度まで下げることができる、ということで、すなわち、それは瞬間の再生産率Rtに0.24〜0.32をかけ算できる程の効果がありそう、ということになります。
ひと言で言いますと、東京のRt=1.5(パンデミック)だったとしたら、この検査によって、Rt=0.36〜0.48となるということで、感染収束に向けて一直線です。ブラボー!
ところが……、PCRの感度が60%ということは、見逃し率は40%のまま残っているということです。そして、この40%は、死ぬほど性(たち)の悪い40%なのです。全数検査後には、「やったー、PCR陰性のお墨付きが出たぞ〜、宴会だ〜」と騒ぎ出す輩(やから)がほぼ確実に存在するからです*)。
*)いや、「ほぼ確実」ではなく「絶対」に存在するでしょう(江端) (筆者ブログ「―― このオッサン達、仕事と離れて、一人飯もできんほど「ヘタレ」なのか?」)
その後のRtは1未満で推移する保障はありません。恐らく1より少し大きい数字で推移するでしょう。シリアルインターバル(発症から次の人が発症するまでの期間)を北大の医学統計教室に倣って(参考)6日程度として計算すると、Rt=1.1なら、わずか3カ月程度で効果が消滅します。
感染者が減って人々が年末レベルの行動を取り、Rtが1.5にでもなろうものならば、せっかく減らした感染者数が計算上、1カ月未満で元通りになってしまいます。さらに言えば、コロナ以前の生活様式に戻り、R0=2.5の生活を行えば、全数PCRの効果は10日程度で消滅します。
全数PCRの効果は高いような、低いような……いかがでしょうか?*)
*)いや、絶対に「低い」でしょう。そんなPCR全数検査ならやらない方がマシです(江端)
日本における2020年5月の緊急事態宣言の時には、“8割おじさん”こと京都大学西浦教授の計算通り、徹底した外出自粛の結果として瞬間的な実効再生産数は0.5まで低下した ―― 「西浦教授の計算の正しさ」は、私(シバタ)と江端さんが、これまで、さんざん主張してきたことです。
Rt=0.5は、実際は瞬間的な最小値でしたが、もしこれを継続できたとしてシリアルインターバル≒6日であれば「徹底した外出自粛要請を2週間程度継続」≒「計算上の全数PCRの効果」とおおまかに言えるのではないでしょうか。
では、ここまでの結論をまとめます。
(1)全数PCRの効果は、Rtの変化量として計算可能である
(2)そして、そのRt変化量は「徹底した行動変容」の効果とトントンである
続けます。ここからは、さらに「お金」を突っ込んでシミュレーションを進めます。
(D)「検査の人員は捻出可能か」
2020年秋のGoToキャンペーンで「やや経済が持ち直したかな」というくらいの経済活動レベルを継続しながら、感染者を増やさないためには、全数検査にRt=1.1〜1.5を打ち消す効果が求められます。
ということは、上記の計算から、ざっくり4半期に一度程度は全数検査を行うくらいの気合いが必要でしょう。
手間的には、毎年4回国政選挙を行うくらい、といったところでしょうか。これを保健所の人にお願いすると仮定すれば、まあ、ほぼ全員が過労死に至るでしょう。
費用的には1回4320億円プラス諸経費×年4回くらいで、2兆円弱/年ほどと思います。
さあ、この2兆円/年をどう評価するか ―― 「全国民1億2600万人に10万円の特別給付」で比較してみましょう。あれ? トータル12兆6千億円よりも圧倒的に安いですね?
―― じゃあ、4半期に一度程度のPCR全数検査やっちゃいますか?
これは、まさに国家プロジェクトです。国会、国政とは、このような国民からの問に政府がどのように考えているかを答える場ではないでしょうか。
では、皆さん、全数PCRを主張する人も反対する人も、首相になった気分で、以下の質問に対して答えられるように準備してみてください。
質問:1回あたり概算で4320億円かければ、自発的に検査を受けないはずだった数百人の隠れ感染の洗い出しに成功します。ただしその4割程度の見逃しが計算上存在します。あなたは費用対効果をどう評価しますか?
回答例1:「給付金の代わりに地域単位の全数PCRを適宜行なったら、行動変容のレベルを下げて飲食や旅行業を助けられて、地域経済を回すことになる」 ―― ゆえに全数PCRに断固賛成!
回答例2:「全数PCRを行っていたとしても、効果は瞬間だけで行動変容のレベルはほとんど変えられない。それどころか、緩みを拡大させて、恐ろしいスケールの第4波を導きかねない」―― ゆえに全数PCRに断固反対!
どちらもあり得る回答だと思います。判断するためには高度なシミュレーション、もしくは実証実験が必要なのですが……。いかがでしょうか? 江端さん*)。
*)いや、このレベルの都市シミュレーション、死ぬほど難しいんですよ。私、人口10万人の都市シミュレーションくらいで、ゼイゼイいっているくらいですから(江端)
では、ここまでのシミュレーション結果をまとめてみたいと思います。
全数PCR検査によって、
(1)「ざっくり1000万人あたり最大400億円程度、実際はもう少し安くできそう」
(2)「瞬間的なRtを0.24〜0.32倍にすることができそう」
(3)「見逃し率は4割程度になりそう」
(4)「運用はざっくり選挙並みの手間で可能(ただし保健所の職員は過労死するだろう)」
となります。
さて、実証実験を考える前に、世界を見渡したとき、幸いなことに参考となる前例が存在しました。元祖SARS-CoV-2発祥の地(と言い切るのはWHOの報告待ちですが)、中国の武漢です。武漢におけるプール検体を用いた全数PCRの事例は、大変勉強になる前例です。
金に糸目をつけなければ、「閉じられた集団内における感染の撲滅のため、また、終息の確認として、全数検査の意味はあるかもしれない」と思わせてくれる事例でした*)。
*)すみません。江端の頭も数字で飽和してきましたので、ここから先は、付録Eにて展開させて頂きます(江端)
PCR検査を増やすよりも大切なこと
ちなみに、ニューズウィーク日本版の記事によると、米ジョンズ・ホプキンス大学が公表した米国で実施された累積PCR検査数は、2020年11月30日現在で、累計1億9114万9006件。米国総人口のおよそ58%にあたるそうです。同じ時期(11月27日)の日本の累積PCR数は341万8520人(日本の人口のおよそ2.7%)でした。
米国の感染者数と死者数は皆さんご存じの通りであり、検査数を中途半端に増やすよりも、行動変容の徹底こそが大切であるというのが直感的に分かります。
Rt低減効果を高い順に並べると、
(1)全国民の行動変容を徹底する ≧
(2)全国民のPCR検査を短期集中で実施する >
(3)クラスター発生場所での濃厚接触者PCR検査を実施する>
(4) PCR検査の希望者が、一気に増えるのを祈る
でしょうか。
クラスター徹底管理は、感染者数が一定以上増えると保健所の能力を簡単に飽和&オーバーフローしてしまうので、行動変容の意識の維持が本当に大切なのです*)。
*)今回の机上シミュレーションにおいて、PCR陽性者数5万人を検出した際に見逃されたはずの数千〜数万人の偽陰性については計算の簡略化のためスルーしました(シバタ)。この全数PCR検査の検討に異議、意見のある方は、ぜひ「シバタ-江端」チームに挑んでください。レポート形式にて受け付けます(covid19@kobore.net)。頂いたレポートは、(“江端ファイアウォール”で)個人情報を完全に隠蔽した上で、江端のブログにて全文を公開いたします(江端)
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