日本の半導体ブームは“偽物”、本気の再生には学校教育の改革が必要だ:湯之上隆のナノフォーカス(39)(6/6 ページ)
今や永田町界隈は「半導体」の大合唱であるが、筆者はそれを「偽物のブーム」と冷めた目で見ている。もはや“戦後の焼け野原状態”である日本の半導体産業を本気で再生するには、筆者は学校教育の改革から必要だと考えている。
戦後の焼け野原のような状況
「日本半導体産業の復権」の定義もなく、その目標をセリートの代表取締役社長ですら理解していなかったセリート、ならびに、あすかプロジェクトが2011年3月に終了した。その時点で、20%程度だった世界シェアは、昨今は10%以下になっている。
そして、セリートやあすかプロジェクトの終焉(しゅうえん)と時を同じくして、日本は、65nmから40/45nmに進めず、世界半導体の最先端の微細化の争いから脱落した(図4)。
その時から10年が経過したことし2021年、突然、政府や経産省や自民党の議連が、「国内で半導体の製造を強化」などと大合唱している。しかし、衆議院の意見陳述でも強調して何度も言ったが、「もはや日本は挽回不能」である。特に、ロジック半導体の分野は、「戦後の焼け野原」のような状況なのだ。
1980年中旬から2010年頃までは、政府や経産省が何かをしようとしていた(それが全部失敗したわけであるが)。しかし、2011年以降は放置され、空白の10年間を過ごした。それを、いきなり、「国内で半導体製造を強化」などと言っても、不可能なのだ。
第一、日本には、設計技術者も、プロセス技術者も、いないのである。この空白の10年間で、優秀な半導体技術者は、海外企業や装置および材料メーカーに転職している。または、リストラされて、全く異なる業種に転籍している者も多数いるだろう。
筆者は、2011年から、東北大学工学部の博士課程で、『近代技術史学―半導体(集積回路)産業論―』の講義を行っている。その博士課程の学生たちに、時々、就職先を聞いてみることがある。ルネサスやキオクシア(旧東芝メモリ)に行きたいという奇特な学生に出会ったことは一度もない。せいぜい、東京エレクトロンと答えるが学生がいる程度である(高給取りになれる可能性があるからだろう)。
もし、本気で、日本で半導体製造を復活・再生させたいのなら、この目を覆いたくなるような惨状を、まずはしっかり直視する必要がある。それができない政治家や官僚は、半導体の政策に関わらないで頂きたい。
小中高の教育改革が必要
かつて、キオクシアの技術者から、「小学校の社会科(だったと思うが)の教科書に、三重県の特産品は“パネル”と“メモリ”と書かれていた」と聞いた記憶がある。三重県には、シャープの液晶パネル工場があり、キオクシアのNAND型フラッシュメモリ工場があるからだ。
もし、日本半導体産業の真の再生を考えるのなら、小中高校の学校教育から変革を起こす必要がある。身の回りにあるスマホ、PC、各種電機製品、クルマ、さらには鉄道、発電所、銀行をはじめとする企業の基幹システムなど、社会インフラに至るまで、半導体なしには、人類の文化的生活は維持できないのである。
このような半導体の重要性を小学校辺りから教育し、中学校では半導体を使ったプログラミングなどを学び、高校では半導体集積回路の基本を教育するのである。そして、半導体の研究開発は、とても難しいが、実は面白く、半導体技術者には明るい将来が待っていることを示す必要がある。その上で、大学の教養課程では半導体を必須科目とし、専門課程では設計やプロセス技術の研究室を充実するべきである。
要するに、半導体技術者の養成に近道はなく、小中高および大学の教育改革から腰を据えて行う必要があるのだ。それには、20〜30年の歳月を要するであろう。政府が「6割超を輸入に頼る半導体について国内生産の拡大を目指す」と言うのなら、このくらいの覚悟を持って頂きたい。
いかがですか、菅義偉内閣総理大臣殿。
筆者プロフィール
湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。
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