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“手作りのラズパイ教室”に見るプログラミング教育の縮図踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(14)STEM教育(2)(3/8 ページ)

今回は、“手作りのラスパイ教室”を運営するお母さんたちへのインタビューから、プログラミング教育について考えてみます。赤裸々に語っていただいた本音から見えてきたのは、「新しいプログラミング教育の形」でした。

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お母さんたちが挑む、手弁当の「ラズパイ教室」

 しかし、その「恐ろしく重い扉」に、果敢にも挑戦を試み続けている人達がいます ―― 「パイ・テック・クラブ」を運営しているお母さんたちです。

 パイ・テック・クラブは、東京都杉並区にある浜田山小学校の理科室で行われている、プログラミング教室です*)。この教室の特徴は、(A)生徒である子どものお母さんが講師となる、(B)小型ボードコンピュータ「Raspberry Pi(以下、"ラズパイ"という)」を使ってプログラミングを教える、という2点にあります。

*)2021年現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響のため、教室は休止中です。

 ―― うそだ。そんな教室が、立ち行くはずがない

 "パイ・テック・クラブ"でググってもらえれば、いくつか記事が出てきますが、EE Times Japanのこの記事を読んだ後でも、私は、このクラブの運営方法を信じていませんでした。なぜなら、上記の(A)も(B)も、私の理解を越えていたからです。

 ラズパイは、教育用の安価なボードコンピュータといわれていますが、そこで使われているOS(オペレーティングシステム)は、かつてのUNIXのワークステーションと全く同じであり、その構築や運用方法は、今のAmazon Web ServiceのEC2(コマンドインタフェースを提供するコンピュータの"イメージ")と、全く同じです。

 ラズパイでシステム構築できる技能があれば、AWS上にクラウドサービスが立てられる ―― ラズパイやAWSのシステム構築で"本当に"死ぬような体験(屋外実証実験など)をした私は、「お母さん」「ラズパイ」「プログラミング」という全ての言葉に拒絶反応を起こしたのです。

 が ―― この連載を思い付いた時から、"パイ・テック・クラブ"さんには必ずインタビューしようと心に決めていました。今回、編集担当のMさんを通じて、Zoomによるパイ・テック・クラブさんへのインタビューが実現することになりました。

 事前に江端の質問用の資料をお送りして、パイ・テック・クラブさんのコアスタッフの方5人*)とEE Times Japanの編集担当のMさんと、私(江端)で、2時間、実施させて頂きました。

*)私の質問が、なかなか過激なものもあったので、ご回答頂いた皆さまのお名前は非開示として、「パイ・テック・クラブさん」で統一させて頂きます。

 パイ・テック・クラブさんに関する記事は、前出のこちらでも読めますので、私は、他の媒体では「決して読めない」内容に絞って、ご紹介したいと思います。

 前述した通り、この教室の特徴は、(A)生徒である子どもの一部のお母さんが講師となる、(B)小型ボードコンピュータ「Raspberry Pi(以下、"ラズパイ"という)」を使ってプログラミングを教える、という2点にあります。

 さらに講師となってくれたお母さんに、そのお子さんの授業料の半分を報酬としてキャッシュバックします。これは、非常に重要なことです。ぶっちゃけ、お母さんたちは、『取りあえず子どもをクラブに放り込む、後のことは知らん』というスタンスの方が、圧倒的にラクであるはずです ―― しかし、このシステムは、そのような保護者の安易なスタンスを許しません。『子どもが学ぶなら、親も学べ』を強制するシステムを導入しているのです。

 次は、カリキュラムと、それらのコスト、時間に関する事項です。

 調べてみればすぐ分かることですが、民間の子ども向けプログラミングスクールよりは、相当に安価に設定されています。

 また、ラズパイは、5000円程度のボードコンピュータとはいえ、『江端家(自宅と実家)、義親の実家を守るセキュリティサーバとして運用できるほど性能を有しており*)、普通のPCとしての利用に問題はありません。

*)関連記事:「それでも介護ITを回してみせる 〜国内ユーザー5人の見守りシステムができるまで

 なにより、「子どもの手元に、子どもが自由にしていいコンピュータがある、という自由」というのは、小学生に許される自由としては、かなり上質でぜいたくな(正直、かなりうらやましい)自由だと、私には思えます*)

*)私は小学生の頃、自宅で化学の実験がしたくて、理科室から薬品(塩酸とか硫酸)を、少々拝借していたものです。

 また、教室の最終回に行われる「自由制作」というのは、夏休みに子どもが一番苦しむ「夏休みの自由研究」と同じものだと思います。ですから、やっぱり、パイ・テック・クラブの生徒たちも苦しむようです。この辺が、「お母さん講師の腕の見せ所」で、その子どものレベルに応じたテーマを一緒に考えるようです。テーマは、プログラムでなくても良く、デジ画でも、ゲームキャラクターのデザインでも構わないそうです。

 さて、最後は、パイ・テック・クラブが提供する価値とその手段です。

 パイ・テック・クラブが提供する価値は、『プログラミングの技術』ではなく、文部科学省のいうところの『プログラミング的思考』でもなく、"最初の一歩"なのだそうです。

 スマホなら、子どもは自力で操作を覚えていきますし、周りに分からないことを教えてくれる友人が山のようにいます。しかし、コンピュータというのは、子どもにとって(そして多くの大人にとっても)、正体不明のブラックボックスです。

 ましてや、そのコンピュータを自分の思い通りに動かすなどという方法(プログラミング)などは ―― 『もう、何をしたら良いのか、さっぱり分からない』ということになるのは当然です。

 パイ・テック・クラブは、プロラミングという「恐ろしく重い扉」を、自由自在に開閉する ―― などというぜいたくなことは目指しません。(比較的軽い)扉の1つ(だけ)に子どもたちを導いて、一緒に扉を明ける手伝いをするのです。

 ぶっちゃけますと ―― 『お母さんたちは、システム構築に精通しているどころか、(多分)ほとんど分かっていない』けど、『設定したゴール(1つの扉)にまで子ども誘導するために、勉強して完璧に準備している』というところが最大のポイントであり、そして、その割り切りこそが、パイ・テック・クラブの最強のメソッドなのです。

 さて、ここまでのパイ・テック・クラブの運営を以下の一枚の図にしてみました。

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